crocus

黒髪、橙涙


もう知っているかもしれないけど、僕は母さんのいる空港へ自転車で向かった際に事故に遭った。

地面に衝突する瞬間、咄嗟に手を庇った。そして下手な受け身を取ったせいで、右足を複雑骨折させる重傷になった。

父さんと母さんと3人で食卓を囲んだ中心には、僕の作った料理があった。喧嘩ばかりしていても、その時だけは2人とも笑ってて、それを見ることが僕の楽しみだった。だからこそ手を負傷して、料理が作れなくなることだけは避けたかった。

病院に搬送され、鈍い痛みに目が覚めても、母さんはいなかった。仕方ないと自分の中で収めようとする一方で、見捨てられたんだとも感じていた。

ただ単に寂しかっただけだと今なら分かる。けれど、その時は激しい怒りがそれを隠してしまっていた。そうして取材を中止し、息を切らして帰ってきた母さんに対して、憤りの全てを込めた目で無言のまま睨んだ。

言い訳もせず母さんは僕を抱きしめてから、ただ「ごめんね」と一言残して姿を消した。父さんとは話し合ったりしたかもしれないけれど、その日からまた再会する今まで、母さんを見たのはその日が最後だった。

< 373 / 499 >

この作品をシェア

pagetop