crocus

勇気の賭け



若葉は琢磨くんが運転するクロッカスのワゴン車の中で揺られていた。窓に映る自分の顔は思うよりずっと腑抜けていた。

鮫島さんが今まで敵を作り続けてきた理由を聞いてから、どんよりした重たいものが胃の辺りをグルグルと回っている。

"俺は悠一と千春と幼馴染だった"

そう切り出した鮫島さん。自分のことを「俺」と呼称したということは、こちらが鮫島さんの本性なのだと分かった。

鮫島さんとお父さんは小学生からの付き合いで、雪村財閥の1人娘であるお母さんと初めて出会ったのは中学生のころだったらしい。

すぐに気が合った3人は夜な夜な密会していたという。お母さんはこっそり屋敷を抜け出しくるので、お父さんたちはいつもハラハラしていたそう。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「そんな危なっかしい日々は高校3年生までずっと続いていた」

鮫島さんは若葉を見るも、やはり若葉の遠くを見ている。
誰を見ているか、今なら分かる。

「そんな中でも悠一と千春が惹かれあっていることに気づいていた。悠一が俺の想いを知っていたからこそ遠慮していることも。俺はその居心地の悪さに飽き飽きして、何も言わずに距離を置いた。そしてとうとう2人は付き合い始めた」

今でもわざわざ報告してきた悠一の幸せそうな顔を覚えているよ、そう言った鮫島さんは目を閉じた。

「たちまち悠一が憎く思えた。雪村財閥の娘である千春の抱えているものの重さを理解していない無責任さ。そんな立場の千春と挙句の果てには、駆け落ちして結婚。悠一の安直で軽率で無鉄砲な行動に、心底腹が立った。…だから俺は雪村財閥にも認められるような千春に相応しい立場になって、千春に『俺を選べばよかった』と後悔して欲しかった。あわよくば…そう思った。そのためなら、どんな暴虐で姑息な手も躊躇わずに使ってきた……

健太のことも省みずに…」

鮫島さんのその言葉に、健太さんはぐっと拳を握る様子が見えた。


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