crocus

その様子を見届けたオーナーさんは、またゆっくりと口を開いた。

「…そのノートを預かった私は、中学生になった健太くんに会いに行きました。その時に聞いた5人の子供達の名前。桐谷要、上田恭平」

オーナーさんはスラスラとクロッカスの5人の名前を挙げていく。

「新谷琢磨、橘恵介、ノートには書かれていなかった上矢誠吾。この子達がどうしているのか、きっと悠一さんも気がかりだったに違いないと思い、探し始めて3年経ったとき、偶然か5人とも同じ高校にいることを突き止めました」

オーナーさんが一息吐いた隙に若葉は気づかれないよう秘書室の奥の扉を盗み見た。

「私は迷うことなく23歳で教育実習生になり接触、その頃から恭平がコーヒーに興味を持っていることを知り、『カフェを開こう』と5人を3週間で口説き始めました。時折、悠一さんや千春さんの言葉を借りながら 」

「何故そんなことを?」

こちらを振り向くことなくお爺様は疑問を投げ掛けた。それは退屈そうに。

それも仕方がない。お爺様には関係のない話なのだから。だけどクロッカスにとっては、ここからが本題だった。

オーナーの本心を引き出すには、ズルかろうともお爺様が必要だった。

「それは…彼ら5人の目が、16歳の時の私と一緒だったからです。そして、働ける居場所を与え、自分を認め、そばにいる大人が必要だということを知っていたからこそ、私もあの子達の心を守りたかったんです。それは悠一さんと千春さん、若葉ちゃんが教えてくれたことです。だからカフェだろうと、花屋だろうと場所は何でも良かったんです」

「オーナーさん……」

"そばにいてくれるだけでいいのよ。それだけで、救われた人間もいるんだから"

オーナーさんと初めて出会い(本当は再会が正しいのだけれど)、部屋を与えてくれたときに言われた言葉を思い出した。

あれは自分や、両親との思い出のことを言っていたんだ。


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