crocus

3月は陽が姿を隠す時間がまだまだ早い。5時すぎの空は真上には水色、西の山頂部は薄紫と幻想的な模様を広げていた。

「若葉ちゃぁん、髪拭いてー?」

銭湯からの帰り道。先を歩いていた上矢さんが歩幅を小さくしながら頭をブルブルと振った。

いくつもの水滴が沈みかけの太陽に反射してキラキラしたままコンクリートの上に弾けた。

「ちゃんと拭かなきゃ風邪引きますっ!」

若葉は上矢さんの真後ろまで追いつくと、首にかけてあったタオルをシュルリと取った。

しゃらしゃらと優しく水分を吸収させるが、遥かに背の高い上矢さんの頭頂部には手がギリギリ届かなそうだ。そして正直…歩きながらではやりにくい。

するとスッと隣に現れた上田さんが、含み笑いをしながら右手の人差し指を唇に当てて、反対側の手が若葉の手に触れた。

ピンっと悟った若葉はゆっくり気づかれないようにタオルを上田さんにバトンタッチした。

すると上田さんはわしゃわしゃと上矢さんの頭を押さえつけるように荒く拭きだした。

「えっ、若葉ちゃ!痛い痛い…」

激しく揺らすその手を押さえつけようと、前を向いたまま手を伸ばした上矢さん。触れたその手をやわやわと確かめれば違和感を口にした。

「…って、あれ?指が、ゴツゴツ…して…かた…」

ハッとした上矢さんが思い切り振り向いた先には、ウインクをしながら口の端から舌をちょろっと出すという、おちゃめな表情で待機していた上田さんがいた。

上矢さんは間近でそれを見た直後にムーッとしかめっ面をして、すぐさま反撃した。

「恭平のヤキモチ妬きー!自分が若葉ちゃんに言えないからってー!」

「ばっ、おまっ、ばっ!優しさに漬け込むお子ちゃま誠吾の世話役なんてさせらんねぇだけだっつーのっ!」


< 67 / 499 >

この作品をシェア

pagetop