にがいの。
3月にしては、肌寒い夜。
それは、チャリと自動車の正面事故だった。
信号は青。渡りかけた横断歩道、赤い車がそのまま突進してきて。
慌ててブレーキをかけたものの、幸を乗せたまま、チャリは派手に横転した。
身体中に激しい痛みを感じて、そこで途切れた記憶。
目を覚ました俺の視界に広がるのは、見慣れない天井で。
腕や足に、驚くほどたくさんの管が巻き付いていた。
隣に、幸はいなかった。
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「あの子と思って、大切にしてやってね」
俺の退院日。
幸の母さん…おばさんが、すっかり片付き始めた俺の病室を訪ねてきた。
渡されたのは年期が入って黒びた、シンプルな指輪。
おばさんは言った。幸はそれをお守りとしてずっと首から提げていた、と。
…幸が最期に、『俺に渡して欲しい』と言ったそうだ。
「幸ったら、よく泰助くんのこと話していてね。ほら…ね、一人暮らしで心細かったと思うの。でも泰助くんがいてくれるからってあの子、すごく嬉しそうだった…」
涙ぐみながらそう語るおばさんの話を、どこか上の空で聞いていた。
彼女は俺を責めなかった。
彼女はやっぱり…ほんの少し、幸に似ていた。
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