まだ、君を愛してる.doc
6
携帯が鳴った。ただ、休みの日の午前中だ。僕は当然、夢の中の住人であり、現実世界の携帯の着信音なる喧騒とは無縁でありたい。すなわち出ない。この選択しかあり得ない。手探りで、着信を拒否した。
これで喧騒から解放される。再び、微睡みの中へ、布団を被った。なのに、敵は手強い。また、喧騒を僕へと届けてくる。こうなってしまうと、微睡みは薄まっていき、あの二度寝の素晴らしさを語るには、かなり物足りない状況となった。しかたない。出てやるとするか。
「・・・はい。」
「はいじゃないでしょ。まだ、起きてないの?」
この声、悪魔の声、僕を心底震え上がらせる声、母親だった。
「ん?」
「今日、ご挨拶の日でしょう?それなのに、まだ寝てるなんて、この子は・・・」
“ご挨拶”?なんだ、それは?眠気の前に、記憶力はどうしようもなく足を引っ張られ、なかなか理解出来ずにいた。
「愛花ちゃんのお父さん、お母さんに会うんでしょ?!いい加減、目を覚ましなさい。」
「そうだった。」
それがわかると悪魔の声は、恐怖をこの上なく増す。間に合わないかも知れない。冷や汗ではすまない。全身が何かに蝕まれていくようだ。
そんな中、無理矢理体を起こす。当然、ぎこちない動きだから、ベッドから転げ落ちるようになった。
「だ、大丈夫なの?」
ものすごい音に、母親の声は動揺していた。
「あ、なんとか・・・。す、すぐ行くから待ってて。」
僕は電話を切り、急いで支度した。
服はあらかじめ用意しておいた。これが幸いしていた。なぜなら僕は服を選ぶのに、ものすごく時間が掛かるのだ。生来の暑がりで寒がりと言うのもあり、一つ服選びを間違えると、一日憂鬱に過ごさねばならないからだ。
「でもなぁ・・・」
最後の最後、ネクタイで躓いた。どうにもジャケットの配色から考えると、色使いに納得がいかなくなったのだ。
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