珈琲時間
12/13「救出」
 「俺が行く」
 「いや、俺が!」

 狭い司令室で、2人の男が互いの胸倉を掴んで言い合っている。
 それを周囲はハラハラと見守っていた。
 ただひとり、わたしを除いて。

 (2人でいけばいいじゃないの)
 彼らが自分が行くと言って譲らない場所は、遠く離れた雪山。
 先程の戦いで、飛ばされた仲間が居る場所。
 どうにか探知機で仲間の生体反応は確認出来たものの、彼女の体力もそろそろ限界に近い。誰かが助けに行かなくては、確実に倒れてしまう。
 彼女が倒れてしまえば、今彼女が張っている結界は解かれて、命が危険にさらされる。
 しかし、今から雪山に船を向かわせて彼女を迎えに行く時間はない。
 「お前が行って、あいつが帰ってき来たって、お前が居なかったら意味ないだろう!」
 「どっちが行ったって同じだよ! どっちにしたって、葵は泣くんだ」
 (だから、2人で行けばいいじゃない)
 唯一、彼女を助ける手段がないわけではない。
 わたしたちの組織の研究所には、瞬間移動剤という一粒飲めばどこにでもいけるという素晴らしいものがある。
 それがあれば、彼女の元まで行って、彼女を連れて帰ってくることも可能なのだ。

 「だからって、ここでこうやってたってどうしようもないだろ!」
 問題は、その瞬間移動剤が2粒しかないことにある。
 先程の戦いで、船に戻るために大量に使ったため、予備も含めてそれだけしかないのだ。
 誰かが彼女を迎えに行って、帰ってくるためには最低3粒の瞬間移動剤が必要になる。
 それが2つしかないということは、彼女を助けるためには誰かが彼女の代わりに雪山の残ることになる。
 次の瞬間移動剤が出来上がるまで約一週間。……それまで結界を保てる人間はいない。
 「いいか、葵がどんなことがあっても生きていて欲しいと思うのは、お前なんだよ! だから、ここは俺が行く」
 この2人は、葵の彼氏と永遠の片思いを胸に秘めた幼馴染という関係。
 ちなみに、その幼馴染とカモフラージュで付き合っているのがわたしだったりする。
 もちろん、わたしは彼のことが好きだけど、彼は彼女一番に行動するから、彼女がいないときの穴埋めのような扱いをされることも少なくない。それにも、最近辛くなってきたところだ。
 (2人で行って、3人で倒れちゃえばいいじゃない)
 そんなことを思ってしまうのは、彼が振り向いてくれない苛立ちのせいか、どっちに転んでも彼を彼女に取られてしまうことが目に見えているからか。
 (カモフラージュとはいえ、わたし彼女なんですけど? わたしへの気遣いはひとつもないわけ?)
 彼が犠牲になったら、わたしが悲しむということは全く彼の頭の中にはないらしい。
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