珈琲時間
9/29 ドアの向こう
 最近、事務所のドアがリニューアルした。
 社員一同が念願だった、自動ドアになったのだ。
 最初の頃は、ウィーンと機械音をたてて開くドアに、なんだか新鮮さを覚えていただのだけど、数週間経って、すごく重要な問題に気が付いた。

 「そういえば、樹里、最近青木先輩とどうなってるの?」
 帰りのロッカールームで、訊かれたエリナの一言に、ずどーんと落ち込むポーズをとる。
 「喋れてません」
 「は?」
 「3週間前に喧嘩をしまして。冷戦状態です」
 「……はぁ?」

 呆れたようなエリナの声に、ますます落ち込む。

 「え? 3週間?? ってことは、あと1週間経ったら、1ヶ月?」
 自然消滅でも狙ってるのかと思うくらいの期間よ、と付け加えられて、あたしはガクリと首を落とした。
 「だって、きっかけがないんだもの」
 「? きっかけ?」
 
 そうなのだ。
 今までも、青木先輩とあたしは頻繁に喧嘩をしているので、喧嘩自体は特に問題ない。
 ただ、これまでと決定的に違うのは、仲直りまでの期間だった。

 「一体、どうしたのよ? 何? いつもと違う事情でもあったの?」

 さすがに心配になったのか、エリナが優しく問う。
 けれど、喧嘩自体はいつものくだらないやりとりなので、問題ないのだ。
 問題なのは……。

 「ドアが、自動ドアになったの」
 「…………ごめん、それって、あの事務所の入り口のドアのこと?」
 「そう。それが、いつもと違う原因」

 どういうことかと視線を送ってくるエリナに、ため息をついてあたしは口を開いた。

 「あたしたち、いつもドアで仲直りしてたの」
 「?」
 「ほら、前までのドアって、外開きのドアだったじゃない? あたし、ドアを開けるときに、よく青木先輩にぶつけてたんだよねぇ」

 『ドアの外で歩いている人に注意! ゆっくり開けること!!』

 そんな張り紙があっても、うっかり勢いよくあけてしまうわたしの、一番の犠牲者が、青木先輩だったのだ。

 (いつも、ぶつけてしまったことを謝りながら、流れで「この間はごめんなさい」って、いつも誤れたのに)

 そんなきっかけでもなければ謝れないくらい、彼に話しかけるのは、勇気がいるのだ。
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