解ける螺旋
「……楽しみにしてるよ」


小さな声で、愁夜さんが何かを呟いた。
聞き取れなくて、反射的に聞き返そうとした私に、愁夜さんが軽く身を乗り出す。
一瞬だけしっかりと見つめ合って、私は少しだけ目を細めた。


息が掛かる位に顔を近付けて、私は軽く踵を上げる。


唇が微かに触れ合った。
そんな、掠るみたいな僅かな触れ合いだけで、愁夜さんは私から手を離してしまう。


「……学会、頑張って」


短くそんな素っ気ない言葉だけを残して、愁夜さんは私に背を向ける。
コートのポケットに手を突っ込んで、見た事のない小型の機械を取り出した。
携帯位の大きさのそれを、愁夜さんは片手で簡単に操作する。


その姿に、予感が走った。


――待って。


「嫌、行かないで!!」


慌ててその姿に手を伸ばした。


まだ足りない。
こんな呆気ないキスだけじゃ、我慢出来ない。


なのに愁夜さんを覆った不思議な光が私の手を阻む。
こんなに近くに居るのに、触れられない。止められない。


「愁夜さん……!!」


光の中で、愁夜さんの輪郭が薄れて行く。
私は信じられない光景に呆然としながら、それでも求める温もりを探して必死に手を宙に彷徨わせる。


だけど届かないまま。
止められないまま。


光が消えて行くのと同時に、愁夜さんの姿も私の前から消え去った。


――そして。


その後。
愁夜さんが私の前に姿を現すことはなかった。


そうやって、私の世界から、愁夜さんは消えた。
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