絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 

人生を変える医者との再会

 9月初旬。25歳になる誕生日翌日の結婚式は、もちろん有給扱い。同期の結婚式はこれが初めてで、25歳という年齢的にも香月の周りはまだ独身が多い。 
 それでも、結婚式という場に来てしまうと、憧れずにはいられない。
 自分はいったい何に憧れているのだろう。あの純白のドレスか、それとも、銀行マンの相手か、それともただ、この空気にそんな気持ちにさせられているだけか……。
 今の自分はこの空気の主役には到底なりえない。そんな擦れた気持ちが、讃美歌の合唱を口パクにさせる。
 都内で最も顧客満足度が高いことで知られる老舗ホテルは、良い日ともなれば、数家族の結婚式が重なり、披露宴が終わった廊下やホールはそれぞれの来賓でにぎわっている。
 サンルームには来賓用の椅子やテーブルが用意されていたが、まだ日差しが強かったこともあって、誰も外には出ていなかった。
 ただ、開け放たれた小窓から、外に向かって冷たい空気が出ているのが気になって、ドアを閉めようと試みる。外は、一面芝生になっており、一部屋根がある一角で、誰かの結婚式が行われていた。ここから少し離れている。だけど、見える。
 もし、この瞬間、外を見なかったら、何にも気づかなかっただろう。
 そのまま時は流れ、何事も変わらなかっただろう。。
 頭の中は自分では冷静だと思った。
 だが予想以上に心は反応した。驚愕、といってもいい。
 表情は見えない。だから、もしかしたら、違う人かもしれない。
 しかし、見間違えるだろうか?
 髪の毛は相変わらず、肩より少し上を維持した茶色。黒いスーツ姿だっていつもの私服となんら変わりはない。
「お一人ですか?」
 隣から誰かが声をかけてくる。
 だがその方を見ようともしなかった。
 そんなことはどうでもよかった。
 近くに行って確かめなければ、と思った。
 何を?
 あれが、彼であることを?
 そんな必要、本当にある?
 冷静な考えも頭を巡った。だけれども、走る足は止められなかった。フォーマルドレスの裾が気になりながらも、人でごった返している廊下を走った。
 何に慌てているのだろう。
 行って何になる?
 そう考えながら。
 人目もくれず、ただ、今見た現場へと走る。
< 142 / 314 >

この作品をシェア

pagetop