絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 

また、会えたら

「全く仕事にならなんな」
「そうですね」
 宮下から指示を仰がれた仲村はすぐにレシーバーのマイクのスイッチを入れた。
「レジカウンター、レジカウンター、人集まりすぎです。用がない者は直ちに外に出るように」
 全国的に秋祭りが有名な東都市の中心部にある東都店では、9月15日の祭り最終日は毎年浴衣DAYと決まっていた。
「あっ、ちょっと帯が乱れてきたからトイレに行ってもいい?」
「どうぞ、どうぞ」
 着用しているのは女性達のみだが、女も男もほとんど仕事をしていない。皆浴衣に惑わされ、浮き足立っている。午前中は特に大変だった。テレビの取材は来るし、客は入るし、女性陣は仕事をしないし、男はすぐに集まるし。
「ほんと毎年大変ですね。客も浴衣を見に来てますからねぇ」
 仲村の見方は正しい。
「持ち帰りがほとんどでありがたいが……。で、ちょっと。実は朝から気になってたんだが」
「何ですか?」
「どうしてあいつは浴衣を着ている」
「(笑)」
 宮下はその方向を見ただけだが、仲村は笑顔で笑った。
 浴衣は基本会社から支給されているので女性はほとんどが着用をしている。だがその中でも1人目立った男がいた。
 矢伊豆副店長である。なぜか彼は男性で1人、今日の朝から浴衣だった。
「自前らしいですよ(笑)。これも客寄せのひとつだって。これで来年から男も着るようになったら面倒で嫌ですけど。したい人はいいんじゃないですか?」
「下駄まで仕込んでいたし、結構な気合の入れようだな」
「好きなんじゃないですかねえ(笑)。マダムにさっきから引っ張りだこですよ。まだ昼も行ってないけど、今日は行けないんじゃないですか?」
「せっかくだから命一杯働いてもらおう」
「今日が済んだらまた落ち込みますからね」
 2人は冷静な会話をしながらまた仕事に戻った。
 レジカウンターは人でいっぱいだ。もちろん香月のレジも。
今日朝彼女を見たとき、いつもの服より胸元が開いているのが気になって、また変な客が来やしないかと少し心配をしていたところだった。だが、今日は心配損に終わるとは思う。これだけ人がいればレジを打って一日が終わるだろうし、とにかくレジから出られない。電話マスターにすることも少し考えたが、レジ主任としての活躍に期待してレジにまわした。その考えは間違っていなかったと言える。
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