絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 

人生観を変えた拉致監禁

 10月半ばの月曜になって、土日が終わり、ようやくぼんやりとした平日が開始すると思いながらスタッフルームで一人、宮下昇は食事をしていた。もう午後4時を過ぎたので食事をとっている人数が少ない。
 今日はたまたま、あれやこれやに付き合わされて朝からの出勤だったのに食事の時間を逃してしまった。まあ、明日休みだと思うだけで、全てのことを頑張れるが。
 夏は既にすぎ、冬もまだで気候は落ち着いており、客は電気屋から遠のいている。売上が思うように上がらない平日をどう過ごそうか考えながら食事をするつもりでここへ来たのだが、そんなことは弁当を見た途端既にすっかり忘れて、無心で自動販売機のボタンを押していた。
 部屋の隅の自販機から、弁当を置いたそのテーブルまでは少しある。
 香月が近くに座っていることは分かっていたが、話すこともないし、あえて避けて座った。
 だがしかし、テーブルに着くなり、待っていたかのように彼女は現れた。
「あの……ここ、いいですか?」
「……どうぞ?」
 わざわざ弁当とお茶まで持ってきている。内緒話がしたいのか。
「あ、同じオムライス弁当ですね」
「うん……何?」
「はい……ちょっと相談が、ありまして」
「うん」
 特に気にもとめない、そんなそぶりを見せながら、とりあえず腰をかけてまず、ボトルのキャップをひねる。
「えっと……先月の半ばのことなんですが。だから、一カ月くらい前かな」
「うん」
「あ、そう。あの帰りです。浴衣の日」
「どうした?」
「あの日、私、歩きで一人で帰っていたんですけど、ちょうどマンションの前で男の人に止められて……」
「うん」
 一度冷めはしたが、レンジで妙に温まったオムライスをスプーンで一口ほお張る。
「なんか、場所が分からないって地図を見せられて。で、突然車に乗せられそうになりました」
「え?」
 丁度口の中がなくなったところで助かる。
「車に?」
「……ちょうど対向車が通って、で、それが知り合いだったので大丈夫だったんですが……」
「警察には行ったのか?」
「……いえ」
「警察に届けておいた方がいい。どうして行かなかったんだ!?」
 手を止めて真剣にその顔を見つめた。長い睫は機敏に瞬き、眉をひそめ、困惑した表情になる。
「だって……色々聞かれると思うと、嫌だったし……」
「今からでも行った方がいい。その、連れ込もうとした相手はどんな風だった?」
「全然……暗かったし。街灯があったけど逆光で……」
「知り合いではない?」
「多分。声も……全然知りません」
「危ないな……。よくそんなことがありながらも自転車で通ってたな。3日前か、車にしたの」
「でも、色々考えてはいたんですけど……そんなすぐ車だって買えないし……」
 
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