絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 

レイジの恋人

 山田のことで散々疲れて帰ってきたその日、珍しく家にレイジがいた。3人でのルームシェア生活が始まって以来、レイジを家で見かけたのはほんの数回だったと思う。すれ違いざまの挨拶程度で、毎日自室で何やら仕事と称する作業をしているユーリとは対照的なスターぶりだった。
 ユーリとは何度か食事を食べたが、ルームシェアといっても結局2人暮らしでもなく、今のところは1人暮らしといった方がしっくりきている。
「珍しいですね、家にいるなんて」
 リビングで立ったまま携帯を見つめているレイジは、やっぱり芸能人なんだと思わせるいでたちだ。レイジが着ているだけで、おそらくその何気ないティシャツも価値が何倍にもなるのだろう。
「お帰り。いや、もうすぐ出ていくところ」
 その方がありがたい。
「……一緒に行く?」
「どこへですか?」
 疲れた体で自転車で帰ってきたところである。香月はさも疲労したような表情を見せた。
「飲みに。メンバーと行くんだけど。ユーもいるし」
「いいです。だって、知らない人ばっかりだし」
「そう?」
「はい」
 一般人はそんなタフじゃないっての。
 しかし、自室のドアノブに手をかけて思い出す。
 そうだ、明日明後日は連休だ。
「……、やっぱり、行ってもいいですか?」
 飲みに行きたいかも。
「え、いいけど(笑)」
 嫌な顔せず、きちんと笑顔で答えてくれる。
「何時に出るんですか?」
「もう下に車来てると思う」
「え……」
「いいよ、少しくらい。用意しておいで」
「はい、急ぎます」
 多分、疲労の限界を超えたんだと思う。そうか、単に飲みたかっただけ。
 とにかく明日が休みだと思い出した以上、メンバーがどうとか、あまり考えていなかった。
 なので、店に入った瞬間後悔することになる。というか、それ重要だろう。
「彼女の優。よろしくね」
 そんなの知ってたら一緒に来ないのに。
 レイジの彼女と紹介された「ゆう」は、20歳そこそこの流行の女の子だった。多分、レイジより10は下だと思う。一回りくらいは違うかもしれない。
 これまでレイジの彼女について考えたことなど全くなかった。というか、少なからず自分に好意を抱いていると思っていたレイジが、まさか彼女と称する女性がいたなんて、憤慨にも似た気持ちが心内でぐるぐると巻き起こる。
 が。レイジに告白されたわけでもなく、ただ一緒に住むことを持ちかけられただけであって、それで彼女がいたからと、こちらが怒るのも筋違いではないかと自らを落ち着かせ、とにかく席につくことにした。
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