絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
 そのつけ足しは、少し納得がいかない。
「……はい」
「大丈夫か?」
「……はい。しばらく会わなくてもいいと思ったら、気が楽です」
「そうだな。でも、佐藤店長も立派な人だから。気の迷いで後悔するわけじゃないだろう。佐藤店長にとって、香月は運命の人だったんだよ、多分」
「……もうだって、オジサンです」
「はは、そうだな(笑)」
「……あの、すみません。ありがとうございました。電話してよかったです」
「うん。いい方向に進めるように考えてみる。……また、何かあったら、電話するように……」
 するように?
「……はい……」
「いや、報告義務はないが……」
「私の番号、登録しておいてください」
「分かった」
 それから一カ月して、店舗の十数人が移動した。佐藤は大型店のAV部門長になった。
 あれから一年。宮下を店長とする大型店新店舗が出来、佐藤はまたAV部門長となって、香月がフリーでその元で働くようになった。宮下はよく気遣ってくれている。香月は、佐藤にしてきたことと同じことを宮下にしている。
 佐藤と宮下の反応はよく似ていた。自立することを求めはしないが、確実にサポートされること求めている。
 それでいいと思う。佐藤から宮下に鞍替えしたわけではない。ただ、その時、その時の上司に従っているだけだ。
「なんか……思い出しました。私が初めて宮下店長と話しをしたときのことを」
 スカイラインの車内はエンジンの音だけが聞こえていた。もうそろそろ東京マンションに着く。
「えっと……社内監査に行った時、か」
「あのときからまだ1年も経ってないんですね……ほんと、つい昨日の……」
「あまり、深く考えるな。
言わなかったが、あれからすぐに佐藤さんは離婚したそうだ。今は一人で暮らしている」
「……」
 車はすぐに自宅前に着く。宮下はエントランスに車を停めた。
「香月が佐藤さんのところに行くなら別だが、」
「行きません……」
 ため息混じりで答えた。
「そうか。……今度の人事移動で佐藤さんが役職につく可能性がある」
< 77 / 314 >

この作品をシェア

pagetop