絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 

切り捨ててもいい太客

香月は料理をしない。なぜなら、興味がないから。
そう言うと、ユーリは怒る。
「最初はやるとかゆーてたやん!
しかも、女の子が料理の一つもできんでどーするん? ほら、味噌汁の作り方教えてあげるし」
 そう、最初はやる気だったし、実際本を見て何度か作ってみた。だが、その努力と味の差が縮まらないことに気づいて、やめた。
「いいです。ユーリさんが作ってくれるのを食べるのがいーんです」
「俺のがうまいんは分かるけどぉ。今まで料理はどうしてたん? 実家のときは」
「お手伝いさんがいたからなあ」
「え!? お手伝いさんがいてるの!?」
「住み込みの……手伝いしてくれる人って感じの」
「お手伝いさんやん! え、お父さんって何してるん?」
「……医者」
「はー、なるほどぉ。お母さんは専業主婦?」
「うんそ、けど、なぁんもしないから、お手伝いさん雇ってるの。そんなの奥さんがすればお手伝いさんなんていらないんですけどね」
「だからかあ。なんというか、お嬢様気質」
「え、そんなことないです! 言われたことないんですけどね」
「単に料理せんってとこが、お嬢様やなーと思っただけやねんけどな」
「……」
 帰宅が遅くて、ユーリがいなくて、冷蔵庫に何もないときは、何も食べない。そんなときは、ダイエットと称して食事自体をとらない。
 そのおかげでユーリがツアーで忙しくなると、体重が少し減った。更にリビングでテレビゲームに誘われることもなく、商品の勉強もできる。なんというか、寂しい一石二鳥だ。
 その日の朝は、キッチンにはユーリが作った食事がちゃんとあった。
 珍しくリビングでは3人が揃い、それぞれが食事をとった後は、のんびりした時間を過ごしていた。レイジは味噌汁だけ飲むと野菜ジュースを片手に新聞を読んでいるし、ユーリはコーヒー片手にリモコンを握って離さない。本日休暇の香月はというと、昨日の夜中に食べたプリンのせいか、まだおなかがすいていなかったので、パジャマのままソファに寝っ転がって昨日玉越から入ってきたメールに返信を打っていた。
「愛ちゃん、今日は休み?」
 レイジは暇を持て余しているのか話しかけてくる。
 この人こそ、最近家には滅多と帰って来なかった。自分の事務所というものがあるらしいのでそこで寝泊まりしているようだが、だとすればルームシェアマンションなぞ完全に遊びの域だと、その財力に関心するばかりである。
「今日、ちょっと話したいことがあって。一緒に食事でもしようか」
 こちらをしっかり見捉えて言う。
「……そんな大事な話ですか?」
「そうだね。とても大事な話」
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