絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 

噂の抱かれたい上司№1

 とりあえず次の日まる一日休んだが、その翌日は出社した。そもそもシフトではそうなっていたし。
 宮下は電話口で「もうしばらく休んでもいいぞ」とは言ってくれたが、シフトに組み込まれているのに、突然休むのが嫌で、しかも体調だってもう大丈夫だし、出社することにした。
 6月の末。いつも通り慌しく過ぎ、すぐに7月の初めになる。
 シフトを作る際の休日申請は、レイジに招待された誕生日パーティが行われるという3日のみ。だが月シフトの出来上がりを確認してみると、6時上がりの早上がりシフトだった。よく見ると他の人が数人同日に申請を出している。何かのイベントとかぶったのだろうか。
 しかしそれでも、7時からのパーティには場所も近いし間に合いそうだったので、レイジには「多分大丈夫」とだけ伝えてあった。
 だが、あまり乗り気ではなかった。ので、7時からの開場に間に合うように会社に私服を持っていっておくとか、もっと早あがりを交渉してみる、とか、準備は全くしなかった。あくまでも、時間があれば遅れていけばいい、くらいにしか考えていなかった。
 理由はいろいろあるが、その1つとして台風をあげておこう。
 1日くらいから既にこの周辺で大型の台風の話が持ちきりになっていた。4日にはどうやら過ぎ去るらしいが、3日がピークのようである。店は開けるだろうし、客数も少ないだろうが、他の外回りの作業に人を取られ忙しくなることは確実だ。
 繁忙期の7月。しかしそれに近寄る大型の台風。その朝、それでも開店前の店舗の前には人が並んでいた。さすがにいつもの半数くらいだが、目当ての物を買いにこようという客がいるのである。
 当然店は開き、香月も接客せざるを得なくなった。
 通常店が混むのは午前中と、午後5時。午前中は雨凌ぎにきた客の接客に販売員が追われる中、ある夫婦に呼び止められてしまった。
「あの。これを、プレゼント用に包装して欲しいんですけど……」
 から始まった接客は大変なものだった。
 既に大処分になっている、扇風機、掃除機、アイロン、ミシン、ヘルスメーター、血圧計、シェーバー、ドライヤー、電池のパック、懐中ライト、総数約60点を男性用は青い包装紙で、女性用は赤い包装紙で包み、更にその上からのしを巻いてほしいというのである。しかも、3日後には取りに来るからそれまでに、と。
 大変なことになった。
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