優しい手①~戦国:石田三成~【完】
乳香の香りが鼻孔をくすぐり、そこではじめて謙信に抱き着き…

いや、抱きしめられていることに気が付いてはっとなり、固い胸を押した。


「さ、さすが上杉謙信!」


「あ、それなりに姫の時代で有名なのかな?戦うのってあまり好きじゃないから歴史に名を刻むことはないと思ってたけど」


――とんでもない。

歴史をあまり知らない桃でも謙信が残した武勇伝の数々は有名すぎて、数えるときりがない。


…こんな優男とは思いもしなかったけれど。


「すごく有名だよ。毘沙門天の化身だって話も…ちょ、謙信さん、離して…」


「そうだね、私は毘沙門天の啓示によって姫がこの時代へ来たことを知ったんだ。君が私を変えてくれた。そして、戦も終わらせてくれると毘沙門天は言ったんだ」


…夏場で互いの浴衣は薄い。

しかも謙信は白い浴衣を着崩していて、滑らかな鎖骨も喉仏も…

肩のライン、そして胸も半ばまで見えていた。


「ちょっと謙信さん、私そんな…」


「否定したって駄目だよ。私は毘沙門天を信じているし、姫を心底我が物としたいと思っているから。…桃」


――急に名を呼ばれてドキッとしてしまい、顎を取られて上向かせられ、見つめ合った。


…謙信の瞳の中に自分が映っている。


もう今にも身を委ねてしまいそうな顔をして、三成を裏切ろうとしている自分の顔が映っていた。


「っ、やだ…っ」


「三成に囚われているんだね。ああ、君が私の元へ召されたのなら、今頃…」


きゅっと唇を引き結んで黙ってしまった謙信がどこか物悲しく、だんだん夜が明けてきて部屋に白い光が射しこむ。


「殿、姫っ、大事ござまいませぬか!?」


部屋の外から兼続の声と、複数の足音。


ようやく謙信が離してくれて、慌てて身なりを整えると、少しだけ障子を開けて顔を出した。


「殿、あれに転がるは徳川の…」


「みたいだね。尾張に着くまでにも伊達や徳川の間諜につけ狙われたけど…。三成、悪いけど早く発とう。立ち止まっている時間が長ければ長いほど…危うくなる」


…何が?


――そう聞きたかったが、黙って頷く三成の姿が視界に入って罪悪感を感じ、俯いてしまった。
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