春となりを待つきみへ

黙り込むわたしにしびれを切らしたのか、冬眞は浅く溜め息を吐いた。

拗ねたように唇を尖らして、軽く眉を寄せる。


「教えてくれないのか、ケチだな」

「もう1回言ってみろそれ、追い出すぞ」

「そしたらまた拾ってもらうよ、瑚春に」


ごちそうさま、わたしが言い返すのを避けるみたいに冬眞は言って、お皿を持って立ち上がった。

わたしはムッとしながら、だけど確かにタイミングを逃したわけで、もう黙って睨むことしかできない。

仕方がないから残りのコロッケを一口で平らげて、残ったコーヒーで流し込んだ。


そうだ、こんな風に、見えない部分に流し込んでしまったから。

もう簡単には浮かび上がっては来ない。

そういう風に、わたしが沈めた。


もう、その心に寄り添うことも、失くしてしまうことも、ないようにと。




ごくん、と最後の一口を飲み込む。

ちょうどそのときに、お皿を洗いに行ったと思った冬眞が戻ってきて、わたしのお皿を片付けながらどこかをついと指差した。


「教えてくれないなら、代わりに、あれを見てもいい?」


指したのは、たった2段しかない小さな本棚。

適当に少ない本が積まれていたはずのそこは、気付かなかったけれどいつの間にか綺麗に整頓されている。


「あれって、どれ?」


訊くと、冬眞は立ち上がって、本棚から1冊の分厚い本を持ってきた。

いや、それは、本じゃない。


1冊の、分厚い、アルバムだ。

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