四竜帝の大陸【青の大陸編】
「なにし……や、やめ……ハクちゃん、やめてぇ! カイユを放し……!?」

カイユさんが消えた。

転移? 
転移、しちゃったの?
なんで?

「カイ……ユ。どこに?」

ハクちゃん、なんで?

支えを失った私の身体は、そのまま床に吸い込まれるように……濡れたハンカチみたいにぺたりと落ちた。

「……りこ、おいで」
 
私に差し出された右手。
大きくて、優しくて……大好きな貴方の冷たい手。

「我の手をとれ、りこ。塔に夕焼け観に行こう……約束したろう? また連れて行くと」

大好きなのに。
私はその手を、とれなくて。

「さあ、我と行こう? 急がねば陽が沈んでしまう」
 
震えの止まらない手を、ハクちゃんの視線から隠したくて。
強く握って、自分の胸に押し付けた。

「きょ……今日……行か……」

お祝いのお茶会だった。
お母さんに習ったふわふわのシフォンケーキで。
昨夜、貴方と2人で作ったケーキで。

「い……行かない。今日は塔には……行かない。ジリギエ君が起きたら、また抱っこさせてもらうの……」

そうよ、今日はお祝いだもの。
ジリギエ君……竜族の赤ちゃん。

「抱っこ……? りこはあの幼生が、人間共が蛇獣と蔑む異形がそんなに気に入ったのか?」

異形なんかじゃない。
あの子、とっても素敵よ?

竜族の赤ちゃんは、宝石のように綺麗だった。

「ハクちゃん……カイユは? カイユをどこにやったの!? ここへ戻してよ……お医者様を呼んでもらわなきゃだし……まだケーキ、残ってる。お祝いなのに……だから……だって、ケーキ……ダルフェとジリギエ君と……皆でお祝いの続きしなくちゃ……ケーキ……ハクと作ったケーキだから……」

皆がいる、あの優しい場所に帰りたい。
温かいお茶と、ふわふわのケーキ。
カイユさんの……【母様】の澄んだ微笑み。
ダルフェさんの……【父様】の明るい笑い声。
口の周りの生クリームを一生懸命舐める、ジリギエ君の……【弟】のかわいい仕草。
私の膝にちょこんと座って、短い手足をにぎにぎする貴方……私の【夫】。

怖いことも、辛いこともない穏やかな時間。
あそこは。
あの場所は。

「そうか。では、夕焼けでぇとは中止だな」

貴方が‘用意’してくれた、私の世界。

「ふむ……りこ。先ほどのカイユが言っていた件だが」

だめ、言わないで。
ハクちゃん、私が聞きたくない事を言うつもりでしょう?

お願い、言わないで。
後で聞くから。
今はやめっ……!


「竜族と人との間に、子は出来ぬ」


ハク。

貴方は竜で、私は人間。


「我とりこの間に、子は出来ぬのだ」


愛してる。

氷のように冷たくて、お日様のようにあたたかく。

全てを隠す雪のように残酷な。

私の愛しい、白い竜。

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