四竜帝の大陸【青の大陸編】
「……りこが唯一‘知っている’人間の男か」

柑橘の香りを嗅ぎ、あの男の匂いだと言ったことがあったな。
皮を剥こうとして、実まで潰してしまった果汁にまみれた我の指を拭きながら。

ーーダルド殿下って、柑橘系の爽やかな香水を使ってるみたい。あの夜、貸してくれたマントから仄かに香ってたのが……忘れられないの。

忘れられない?

忘れられない……そうだろうとも。
あの夜、りこは異界から落とされてしまったのだから。

強烈な記憶とともに、香りは脳に深く刻み込まれる。
そして、その香りは永きに渡り記憶と結びつく……消えることはないやもしれぬ。
りこ自身にはどうしようもないことだ。
 
我のものよりも先に、りこの脳が覚えたのはあやつの匂い。
この我のりこに‘忘れられない’と言わせた男。

「……あのイケメン王子は、どこまで我を苛立たせる気なのだ」

柑橘の香りか。

「ふむ……」

柑橘……蜜柑は、りこの好物の1つだな。
 
「この我が、蜜柑にまで嫉妬せねばならぬ。……竜というのは、難儀な生き物だな」

だが。
竜をやめようとは思えない。
<無>に戻りたいとは思わない。

我はりこに会い、好きなものができた。
我はりこに会い、嫌いなものもできた。

この我が。
世界一好きなものは、我のりこ。

この我が。
世界一嫌いなものは。

「……お前だ」

我のりこの心に、消えぬ傷をつけた。

「セイフォン・デイ・シーガズ・ダルド」

我のりこの心に、我より先に触れた。

「我がこの世で最も嫌いなものは、お前だ」

明日。
我の腕で眠るこの人は。

りこは、我に何を望むのだろうか?
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