四竜帝の大陸【青の大陸編】
「ヴェルヴァイド。なぜ貴方が、千本もの針を必要とするのでしょう?」

<黒の竜帝>の問いは当然であり、必然。
年老いた竜帝に訊かれたのは俺では無く。
答えるのも、俺じゃない。

「約束を守らぬ我には、針が千本必要なのだ」

答えたのは、黄金の瞳を持つ世界最強の竜。
真珠色の爪を持つその右手に握られているのは、赤い格子模様の布。

「じじいが針? なに言って……約束?」

陛下の青い目が細まり。

「<青>よ。我は<赤>に、衣服の件を聞いた。りこは赤の大陸に飛ばされたようだな」

色素の薄い唇が、弧を描く。

「聞け、四竜帝よ」

圧倒的な何かが、空間を支配する。
 
「聴くがいい、『世界』よ」

音は消え。
言葉が脳を掴みあげる。

「我は、我を抑えていた」

俺は思い違いを知り。
四竜帝は間違いに気づく。

「我のりこがこの『世界』があることを望みを、そう願っていたからだ」

まっすぐに前を見る黄金の瞳には、何も映っていなかった。
そこにあるのは。

「我はあの人と“約束”した」

金の目を中央で分かつ、漆黒の針のような瞳孔。

「だが」

悲しみも。
苦しみも。
憎しみも。
  
「あの人がこの手に戻らぬならば」

 そこには無く。

「我は“約束”を破る」

散る花びらのように、真紅の外套が滑り落ち。
白い肌に流れる真珠色の長い髪が、露になる。

「いらぬ」

赤い格子模様の布。
全てを手に入れられるのに、何も望まなかった存在が。
その手に持つのは、それだけだった。

「いらぬのだ。人も、竜も。海も山も、大地も空も」

輝く真珠色の髪が、意思を持つかのように四方へと広がる。
翼のように、大気をはらんで揺れる。
白皙の肌を彩る黄金の瞳は、沈む陽にも似て……。

「いらぬので。我は世界を<処分>する」

その顔に浮かぶのは。
光に溶けてしまいそうな、柔らかな笑み。

「そして」

色あせた布に、口付ける。
ただ一人の女に捧げられた、誓いの接吻。

「我は我を、<処分>する」

それは響く。
世界の終わりを告げる鐘のように。  

その狂気に、俺が感じるのは。
恐怖ではなく。

羨望。

愛が世界を救うなら。

その愛が、世界を壊すこともあるだろう。

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