犬と猫…ときどき、君

だけど次の瞬間、後ろからかけられたその声に私は心底ホッとしたんだ。


「胡桃」

「聡……君」

自分の口から零れた声が、微かに震えていた事に、自分でも驚いた。


「……どうした?」

きっと聡君は、すぐにそれに気付いたんだと思う。

何も言えずにいる私を落ち着かせるように、静かで優しい口調のまま首を傾げ、私の顔を覗き込んだ。


苦しかった。
泣きそうだった。


「聡君……」

だけど、もう一度その名前を呼んだその時――

「及川さんですよね!?」

耳に届いたのは、そこを塞いでしまいたくなるほどに甲高い、嬉しそうな“ぶりっ子・しーチャン”の声。


「は?」

目の前の聡君は、明らかに怪訝そうに顔を顰める。


「私、四年の松元詩織っていいますっ!」

「……はぁ」

「嬉しいです! 及川さんとお話し出来るなんて!」


なに……?

状況が掴めずに、呆気に取られる私の前で、“しーチャン”は空気も読まずに話を続けた。


「だって、及川さんって四年の女子の中で、すごく人気あるんですよー!」

「……あっそう」

明らかに、面倒臭そうな空気を醸し出す聡君に、気付いているはずなのに。

彼女は一体、何がしたいの?


「みんな、お話したいって言ってるんですけどー“いっつも近くに芹沢さんがいるぅー!”って、悔しがっててぇー」


この子……最低だ。


「芹沢さんも、いいですよねー! こんなにカッコイイ従妹さんが傍にいて!」

「……」

「私だったら、絶対好きになっちゃいますもん! ハルキさんも、そう思いません?」

そう言って、視線を送った先の春希は、明らかに不機嫌そうな顔をしていて……。

「そういうもんかねー」

溜め息交じりに、そんな言葉を口にした。


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