犬と猫…ときどき、君
城戸の一言に、ロッカーの鞄の中に入れた手が止まった。
――いつもそう。
城戸はこんな風に、あの頃の事を平気で口にする。
ここにマコがいたら、絶対に城戸の頭をその辺にある、分厚い本で殴ってるな。
まぁ、いなくても後でチクリますけど。
そんな事を思いながら、私は呆れ顔で振り返る。
「……城戸だけでしょ? 私はもう、とっくに抜けてますから」
「あっそ。お前はホントに可愛くねぇな。そこでちょっと、こう……動揺したフリとかしとけよ」
「何の為に?」
「んー……男ウケを良くする為?」
「バッカじゃない? ここに男いないじゃん」
「バカじゃねぇし。てか、春希クンがいるだろうが」
「はいはい。そうだね、よかったね」
城戸のアホ話をまともに聞いてしまった後悔から、盛大な溜め息を吐いた瞬間、
「おーっす。 生きてるかー?」
無駄に元気な声を上げた聡君が、ドアの隙間から顔を出した。
「聡君!」
「……出たよ」
聡君の顔を見て、笑顔で出迎える私と、ゲンナリ顔で席を立った城戸。
「何だよ城戸。ご機嫌な斜めか?」
「違いますぅー。煙草ですぅー」
「お前、外で吸えよ?」
「わかってますっ!! だから今から外に行くんでしょ!?」
やっぱり不機嫌そうに頭をガシガシ掻いた城戸は、面倒臭そうに溜め息を吐いて、医局の隣に位置する屋外のドッグランに歩いて行った。
窓から見える、入院犬用のドッグラン。
犬を出していない時は、その片隅が喫煙スペースになっていて、そこで項垂れながら煙草を吸っている城戸に、つい瞳を奪われる。
「あの頃は、こんな姿を見た事がなかったなぁ……」なんて、思いながら。