犬と猫…ときどき、君

及川さんは、きっとこれを知った上で自分が胡桃を追いかけたんだ。

恋愛云々よりも、そうしないと、ますます胡桃が叩かれると思って……。

分かってる。

及川さんが正しいよ。

――だけど。

「俺だって胡桃のこと」

“守りたい”――今更だけど、そう思う。

「何してんだよ、俺は……っ」

あの日、胡桃に“どこにいたのか”と聞かれて、咄嗟に吐いた嘘。

許されることじゃないのは、わかってる。

だけど、キスまでの事だったら、きちんと話せば修復はできたはず。

でも問題は、その後だ。

俺のどうしようもなく弱い心を、“あの女”は見抜いていたんだ。

そんな卑怯でバカみたいな自分を、胡桃に知られたくなくて、それを隠すために吐いた嘘。


あの日、まだ少し火照って潤んだ瞳のまま、俺の目を真っ直ぐ見つめて、

“嘘、吐かない人がいい”

そう言った胡桃の、たった一つの願いさえ叶えられずに……。

俺は、その信用を失ったんだ。

俺のことを、信頼しきっていた胡桃。

“ホントの事を言ってくれるの、ずっと待ってた”

俺に別れを告げた胡桃の瞳は、もう諦めて、軽蔑を含んだような瞳だった。


あの日まで、胡桃は一体どれくらい苦しんだ?

様子がおかしいのを、及川さんに心変わりしているせいだと勘違いしていた俺は、胡桃から別れを切り出されるのが怖くて、逃げて、誤魔化してばかりいたんだ。

――胡桃のあんな悲しそうな瞳を見たのは、初めてだった。

ゴチャゴチャ言い訳をしたって、裏切ったのが俺だということに変わりはない。


“落ち着くまで、胡桃には構うな”

そう言った及川さん。

最初はどうしても胡桃と話がしたくて、その忠告を無視して、何度か電話をかけたりした。

だけど胡桃が電話に出ることは、一度もなかったんだ。


いずれにせよ、胡桃の傍にはいられない。

今、胡桃の傍にいるべきなのは……俺じゃない。

だったらそれを利用して、俺にできることだってあるはずだ。

まるで自分の気持ちを落ち着けるように、空に向かって息を大きく吐き出して。

俺はポケットからスマホを取り出すと、メモリーから篠崎の名前をさがし出し、通話ボタンを押した。


「――もしもし? 篠崎、ちょっと頼みたい事あんだけど」

胡桃はきっと、こんなことは望まない。

だけど俺は、こんなことでしか、胡桃を守る術を持たないんだよ。

< 191 / 651 >

この作品をシェア

pagetop