犬と猫…ときどき、君

何度も断る胡桃を半ば強引に車に乗せ、マンションまで送り届けた。

大学の頃から、引っ越すことなく住み続けているその部屋。

車を降りる胡桃に、「芹沢」と呼び掛けたのは、気持ちのリセットをする為。

こうしないと、決心が鈍るんだ。

――これは、俺が勝手にやっていること。

だから、胡桃に感づかれてはいけないし、この関係を崩してもいけない。


車を降りて振り返った胡桃に、軽く手を挙げれば、泣き腫らした瞳を少し細めてふわりと笑う。

「あー……しんどっ」

胡桃がいなくなった空間で、大きな溜め息を吐き出した。

本当は、時々不安になる。

もどかしいこの想いを、俺はいつまで抱え続けていられるんだろう……。

――“その時”が来たら、俺は本当に、笑って胡桃を送り出せるのか?

考えたって解るはずがない。

だけど、いつかは……。


何だかすっかり疲れてしまって、思わずハンドルに頭を擡げた俺の耳に、聞き慣れた着信音が響いた。

画面を見ると、それは篠崎からの着信。


「おー、お疲れ。どうしたよ?」

『春希……今から、うち来れるか?』

いつもよりも俄然テンションの低い声を出す篠崎に、俺はゆっくりと息を吐き出し、

「今から向かうわ」

短くそう返事をして、電話を切った。

「さて、そろそろイタチごっこも終わりかな」

篠崎の声から感じた、少しの予感。

それがいい予感なのか、悪い予感なのか。

「何を今更、緊張してんだか」

その鼓動をわずかに速めた胸の辺りをグッと押さえて、ゆっくりと胡桃が消えて行ったマンションを仰ぎ見た。

柔らかい光が漏れるその窓を、目を細めて眺める。

その光の中、きっと胡桃は、あの男への想いに胸を痛めながら、真っ赤なソファーの上で自分を責めているんだろう。

「もう、失って怖いもんなんてねぇだろ……」

小さく笑った俺は、ゆっくりとアクセルを踏み込んだ。

< 245 / 651 >

この作品をシェア

pagetop