犬と猫…ときどき、君

「芹沢」

「あ、おはよー」

「おー。あのさ、今日のオペってさー……」


松元さんがパンフレットを持って、城戸に会いに来たあの日から、二週間とちょっと。

付箋にメッセージを残してから帰ったから、私が松元さんからあれを受け取った事を城戸は知っている。


けれど、次の日もシフトを無視して早番の私より先に出勤した城戸は、朝一番で「ごめんな」と、何故か謝罪の言葉を口にした。


それっきり。

城戸が松元さんの話題に触れる事はなかったから、当然私だって、自分からそれに触れる事はしなかった。


明日から、城戸は三連休。

アニテク達が、城戸に予定を聞いている場に遭遇した時は、何故か心が少しだけヒリヒリ痛んだ。


だけど結局、城戸は――「別にー。特に予定入れてない」と。

冷やかしが嫌だったのか、一言だけそう言うと、さっさと診察室に消えて行ってしまった。


「一応さぁ、予定っていうか、居場所だけは聞いといた方がいいんじゃないのー?」

「うーん……。そうなんだけどさぁ」

「だって、城戸にしか対処できない事が起きたら、患畜の命に関わるんだから。携帯繋がらなかったら困るし。ホテルの電話とか、聞いとかないと」

不機嫌そうに、そう口にするマコの言ってる事は最もで。


「そうだよねぇ」

「私聞く?」

「……いいや。私聞く」

「……」

「え? 何!?」

なかなかお昼休憩に入れないでいるマコの隣で顕微鏡を覗く私は、マコの突き刺さるような視線を感じ、顔を上げた。


「あんた、お人好し過ぎるんじゃない? アイツ来た時、呼んでくれればよかったのに!!」

「呼んだらどうしたの?」

「場合によっちゃ、ぶん殴ってたかもね」

「……呼ばなくてよかった」

「はぁっ!?」

ガバッと身を乗り出すマコに苦笑しながら、再び顕微鏡に向き直る。


「マコのその気持ちはありがたいけど」

「ありがたいんだ」

「うん。だって、何かやっぱり“無神経じゃない?”って一瞬思って、イラッとしちゃったんだよね」

「胡桃が?」

「うん。……ダメ?」


私のその言葉に、心底驚いたような声を上げたマコだったけど、

「いいんじゃない?」

「へ?」

「ちょっとは前進したか」

一人で満足そうに笑って、そんな言葉を口にした。


「“前進”って? 今まで特に何とも思わなかったのに、思い出しイラつきしてるんだから、むしろ後退してない?」

「なんにせよ、感情を出すってのはいい事だよ。胡桃みたいな子は、特にね」


私みたいな子?
それって、どんな子の事?

思わず眉間に皺を寄せた私を「あははっ! 変な顔ー!」なんて笑い飛ばしたマコは、本当に自由奔放というか……。


「じゃ、お昼休憩入りまーす」

楽しそうに笑いながら、ポカンとする私を置き去りにして検査室を後にしたんだ。


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