犬と猫…ときどき、君

「はぁー……」


城戸にキスをされた時、当たり前だけど動揺し過ぎていた私が、自分の荷物を持って部屋を飛び出せるはずもなく。

部屋を替わってもらった篠崎君に電話をかけたら、あろうことか、城戸が電話口に出た。


城戸は荷物を持って来てくれるって言ったけど、篠崎君は今日のセミナーのあとに帰ってしまうから……。

私はどうしたって、あの部屋に戻らないといけない。


部屋に戻るなんて言ったくせに、心の準備がなかなか出来なくて、電話を切ったあと、しばらくロビーのソファーでぼんやりしていた。


だけど、もうすぐセミナーも始まるし、行かないと……。


意を決して、立ち上がろうとした私の背後から、「おはよん」という、いつもの調子で私に挨拶をした篠崎君の声がして振り返る。


「おはよう。……昨日はごめんね」

「んー? 芹沢は悪くないだろ! 悪いのは、ハルキュンだっ!」

そう言って少しおどけて見せたけど……。


「――ってのは、冗談で」

「え?」

「ハルキュンも、イッパイイッパイなんだわ。だからって、許してやって」

篠崎君の表情は、どこか辛そうで。


どうしてだろう?

なんで私、泣きそうなんだろう……。


後になって思えば、きっとこの時すでに、心のどこかで、城戸と篠崎君の違和感に気がついていたんだと思う。

だけど、その時の私がそれに気付けるはずもなくて……。


篠崎君にもう一度謝罪の言葉を口にして、手を振って去っていくその背中を見送る。


「ふー……」

いつまでも逃げていたって仕方がないし。

エレベーターに乗り込んで、部屋がある七階のボタンを押す。


大きくなっていくオレンジ色の数字を見上げながら、私はただ、城戸に何を言えばいいのかばっかりを考えていた。


< 450 / 651 >

この作品をシェア

pagetop