犬と猫…ときどき、君


それから数週間。

論文のまとめが忙しくなった及川さんとは顔を合わせないまま、結局どこまで知られたのかは確認出来ずで、胡桃も胡桃で相変わらず。


つかず離れすの距離を保ち続ける俺達は、いつの間に、こんなにたくさんの嘘を積み重ねた関係になってしまったんだろう。


いや、違うか。

それってもう俺だけかも。


気が付けば外の空気が冷たくなって、胡桃が好きだと言っていた金木犀の匂いが、その中に溶け込み始める。

色々と動き出さないとと思うのに、動き出したら、きっともう止める事は出来ないから。


「なんだかなぁー……」

やめるつもりでいた煙草も結局やめられないまま、中途半端な俺は、今日もランで空を見上げていたりする。


「ちょっと、城戸!!」

「……何すか?」

人が物思いにふけっていると、突然開いた、アニテク部屋の窓。


そこから不機嫌そうに顔を覗かせたのは……

「最近透が挙動不審なんだけど、何か知らない?」

よくわからない、顔を引き締める道具らしい金色のローラーで、顔をコロコロしている椎名。


「知らねーよ。……浮気でもしてんじゃねぇの?」

「……」

「嘘だよ。お前が怖くて浮気なんかできるワケねーだろ」

「じゃー何でよ」

「……さぁ」


あの日居酒屋で、これからしようとしている事を「椎名には先に話しておくか?」と聞いた俺に、篠崎は困ったように笑って言ったんだ。


「マコちん、きっと悲しむから。ギリギリまで黙っとくよ」――って。


たくさんの人を巻き込んで、嘘を嘘で塗り重ねて……。

どうするのが最良なのか、正直なところよく分からなくなっているんだ。


「……もういい。もうすぐ午後の診察始まるんだから、それ消して、さっさと表出てきなさいよ!」

ひと睨みして、またガラガラと窓を閉めた椎名に、俺は煙草の火を消してゆっくり空を見上げた。

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