貴方に愛を捧げましょう


「何だか、見たような言い種だけど」

「仰る通り、視たのです。先程の狐に蠱術をかけ、私を見付けた際には術をかけた者と同じ光景を目にするよう、術が仕込まれていました」

「ふーん」


……まぁ、害が無ければどうでもいいんだけど。

縁側沿いの壁に背を預けて座り込み、交わした会話を頭の中で反芻した。

なぜか漆黒の数珠を纏ったままの鞘に、無駄のない優雅な動作で刀を納める様子を眺めながら。

彼の話を聞いて思った事を告げた。


「ねぇ、とりあえず帰ったら…? あなたがさっき言ってた“里”へ」

「っ、──…由羅様」


和らいでいた表情は、一瞬にして険しいものへと変化する。

刀が鞘に納まる音がキンと静かに響き、同時に瞬きをした瞬間。

強い風を肌で感じ、目の前には葉玖がいて。


「また私に、貴女から離れるよう仰るのですね……」

「……だからなに?」


壁と自分の身体であたしを囲う彼は、綺麗な顔を切なげに歪ませて。

潤ませた瞳でじっと見下ろしてくる。

そんな彼に、挑発的な笑みを浮かべてみせた。

涙を滲ませるなんて……狡い。

あたしが泣いてる人に弱いって知ってるくせに。


「貴女がそのように仰られる度、気が狂いそうになります」

「だったら尚更、あたしの傍に居ない方がいいわね」


途端、ガシャンッ、と大きな音が重く響いた。

持っていた刀を葉玖が手放したことにより、床に倒れた音だと気付いた時には。

同じ目線になるよう屈んだ彼が、あたしの顔を両手で包み込み固定した。

射抜くような熱い眼差しが、あたしの心を貫くよう。

それはもう口で語るまでもなく、二つの黄玉が語っている。

“愛している”と。


「それ以上、仰らないで……」


その様子を見て、思わずふっと笑ってしまった。

面白くて笑った訳じゃない。

皮肉を込めた意地悪な提案で、狡賢い彼を動揺させられたから、つい。

……そもそも、涙を滲ませて訴えるあなたが悪いのよ。


「由羅、様……?」


口の端に微かに笑みを浮かべるあたしに気付いて、葉玖が困惑気味に名を呼んだ。

親指で唇の端を撫でながら理由を探ろうとしている。

そんな彼に、今度ははっきりと悪戯っぽく笑みを浮かべ──告げた。


「別に、戻って来るなとは言ってないでしょ」


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