貴方に愛を捧げましょう


彼の言葉に不用意に応えたあたしも悪いけど、突然あたしを引き寄せた彼も悪い。

反射的に、彼の頬を平手打ちしてしまった。

パシン、という渇いた音が部屋中に反響する。


その時、沈みゆく夕陽が僅かに照らす朱く染まった景色の中。

電気も付けず薄暗い部屋で、彼の姿がとてつもなく幻想的に見えた。

美しい横顔が黄金色の髪に隠されて、その表情は想像もつかない。


「……」


さすがに怒らせてしまった…?

この美しく恐ろしい異形の存在を怒らせてしまったら、一体、どうなるのだろう。

そんなことを、他人事のように考えた。


すると、彼の顔がゆっくりとこちらに向き直る。

そこに浮かんでいた表情は、なんとも形容しがたい、複雑なものだった。


「手は、痛みませんか…?」

「──……」


驚いた。

ここまでされて、まだあたしの心配をするの?

あたしに呆れて、あたしから離れてしまえばいいのに。

──…ああ、そういえばそれが出来ないから、こうしてピアスホールをあけたんだっけ。

思わず溜め息が洩れた。


そんなあたしを見つめながら、彼がこちらに腕を伸ばしてくる。

さっきのあたしの態度で懲りてないの?

綺麗な顔を睨み付けると、そんなあたしに構わず、今度は真剣な顔つきで語りかけてきた。


「出血を止めるだけですから……どうか、私を拒まないで下さい」


それを聞いて、あたしはただじっとしていた。

もう、血が止まるならなんでもいい。

そう思いながら。


そんなあたしを見て何を思ったのか分からないけど、彼は再びあたしの身体を引き寄せた。

唇を耳元に寄せ、血が出ているであろう場所を彼の熱い舌が撫でる感触がした。

それは本当に一瞬で、ほんの数秒間の触れ合い。

自分でも信じられないけど、何故か嫌悪感を抱かない自分に気付いて、驚いた。

これは彼の力の一つ? 異形の存在にさえ、あたしの心は反応しなくなった?

どちらが合っているのか、本当の答えは何なのか──それを知りたいと考えるあたしは、あたしじゃない。


彼の腕から解放されて耳に触れてみると、案の定、指に血が付くことはない。

なんの感情も無く、ただ彼に背を向けた。


「あなたがいなければ、こんな事せずに済んだの。……これはあなたのせいよ、葉玖」


そう冷たく言い諭して。


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