貴方に愛を捧げましょう


最初からそうしてれば、こんな無駄な事をせずに済んだのに。

……だけどやっぱり、ほんの少し、彼の昔の経緯は気になる。

でも、今日はもういい。

再び彼の肩に手を当てて、彼の身体を押し倒した。

すると、再び困惑の色が浮かぶその美しい瞳を見下ろして、囁くように告げた。


「馬鹿な人ね……」


身体を彼の上に横たえて頬を胸板に当て、はだけた胸にそっと耳を押し付けた。

微かだけど、鼓動を感じる。

驚くほどにきめ細かい肌のなめらかさも、心地よい体温も。

なぜか、嫌じゃない。


「心臓の鼓動が聴こえる……」

「ええ……こんな私でも、生きております」


彼の手が、あたしに触れるのを躊躇っているのが分かる。

その少し後、躊躇いがちに背を撫でる手を感じた。

その感触を感じながら、彼の話を思い返した。

瞼を閉じ、その情景を想像する。


「あなたには、本当に自由が無かったのね……」


彼の話した事は、きっと彼が経験した中のほんの一部だ。

でなければ、ここまで自由を求めないはず。

だからこそ、彼は“抵抗”という単純な事を忘れてしまっていた。

僅かな自由にすがりつこうとするあまりに。


彼の胸に顔を埋め、そっと息を吸い込んだ。

やっぱり、花の香りがする。

すごく良い匂い……。


「由羅様、姿を変えましょうか…?」

「このままでいい……」


肌触りの良い上質な純白の着物の端を掴んで、自分の方にぐっと引き寄せる。

ほんと良い匂い……もう、動きたくない。


眠りの淵をさ迷いながら、ぼんやりとそう考えていると。

無風に近い状態の部屋の中で突然、ふわりと風が吹いた。

直後、あたしの肌をするりと撫でる、黄金色の九尾。

何をするのかと黙って見ていると、彼は身体を横に倒し、あたしの身体を自分の尾で包み込んだ。

……即席の布団ってわけね。


「如何でしょう…?」

「……ありがと」


真夏なのに、こうしていても不思議と暑くは感じない。

むしろ、この方が居心地良くて。

彼の首筋に顔を埋め、深呼吸しながら目を閉じた。


その後、あたしがうとうとし始めてから、彼にそっと抱きしめられた感触がしたけど。

今晩だけは何も言わずに好きにさせておこうと決めて、あたしは無意識の世界へと堕ちた。


その夜、あたしは初めて、人間の姿でいる彼の腕の中で眠った。


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