貴方に愛を捧げましょう
あたしは衝動的に足を踏み出した。
愛が欲しいとあたしが言ったからだとしても、それは彼の言う通り、単なる“きっかけ”に過ぎなかったのかもしれない。
でも、そうじゃないかもしれない。
だけどもうそんな事はどうでもいい。
あたしを愛したからこそ彼は今、苦しんでいる。
何の価値も無く、愛される理由も無い、あたしを。
そんなあたしに何が出来る?
あたしを愛してくれた彼に何を返せる?
自身に価値が無ければ、返せるものも何も無いかもしれない。
でも、踏み出した足は止まらない。
あたしは靴を履くのも忘れ、彼へ向かって駆け出した。
──…けれど。
「近付いてはなりません……! 貴女まで巻き添えに…っ」
突如響き渡った美しい声に思わず立ち止まった。
目の前にいるのは、数珠によって拘束されている狐の姿の葉玖。
──そう。今の声は彼から発せられた声だ。
“狐の姿”をとった、彼からの。
その証拠に、鋭い瞳があたしを射抜くように見つめている。
けれど常識的には有り得ない事に、今更もう驚いたりしない。
そんな彼は毛を逆立てていて、まるで威嚇しているかのよう。
でも、そうじゃない事は分かってる。
これ以上あたしを自分に近付かせないようにしてるんだ。
数珠からの呪縛による痛みに耐えながら。
荒く乱れた呼吸を苦しげに繰り返し。
時折、痛みに耐えるようにガチッと音を響かせて、しきりに歯を食い縛る。
その隙間からは、鋭く尖った歯牙が零れ見えた。
だけど全然、怖くなんてない。
今までと同じように感じるだけ。
無意識の本能が求める、あの衝動。
触れたい、感じたい、この手で、この肌で。
あたしに温もりを与えてくれる柔らかな体躯に、妖しくも美しい姿に。
「……いやよ」
そう呟いて、再び前方へ踏み出す。
葉玖は今いる場所からもちろん動けず、微かに身動ぎしたしただけですぐに諦め、代わりに身体を強張らせた。
あたしの強情さには簡単に太刀打ちできないことを、この数ヶ月間に彼は学んだはずだ。
「葉玖」
彼の真正面に立ち、蜂蜜色の瞳を真っ直ぐに見つめる。
そして数珠に触れないよう柔毛に腕を埋めて首に回し、そっと抱き締めた。
温かい……この感触だけは、心から名残惜しく思う。