貴方に愛を捧げましょう


柄を握る手に痛いくらい力を込めて、自分を叱咤した。

心に隙が無ければ何も恐れる事はないのよ。

あたしなら大丈夫、集中して…──


そう自分に言い聞かせて奮い立たせ、全身の震えから意識を逸らした。

そこで狐の頭が、刀が振り下ろされる間に大きく口を開いていく。

めらめらと燃える刀の切っ先は、御札を二つに裂いていく。

そして…──狐の大きく開かれた口が、御札を呑み込んだ。


次の瞬間、御札がバチバチと激しい音を立て、燃やされまいと抵抗を始めた。

と同時に、葉玖の身体を戒める数珠も同調したように、バチッと音を立てる。

けれど彼は苦しむどころか、自身が纏う青い炎を数珠に纏わせていく。

そして数珠を集中的に燃やし始めた。

炎で出来た狐の頭部は更に激しさを増し、尚も抵抗する御札を噛み砕こうとしている。

その鋭い牙は今にも二つに裂けた御札を貫こうとし、葉玖に巻き付く数珠は弾け飛びそうで。


あともう少しなのに、何かが足りない、力じゃない何かが。

そう直感的に思った。

そこで意図的に目線を上げる。

──…堪らなく優しい蜂蜜色の瞳と、目が合った。

意思が通じ合ったかのように、不思議なくらい同じタイミングで。

そして狐の姿なのに、何故か彼が微笑んだように見えた。

……ううん、絶対そう。

妖艶で、甘美で、幸せそうな微笑み。


それを目にした瞬間。

ブツンッ、という音と共に彼を戒める数珠が弾けた。

それと連動したように、刀から派生した狐が御札に牙を突き立てる。

御札は炎に呑み込まれ、その口の中で形を失っていく。

そしてあっという間に、跡形もなく燃やし尽くされていった。


そこで唐突に、あたしの膝はくず折れた。

全身からふっと力が抜け、刀が床に当たってゴトンと打つ。

青い炎は消えていない。

炎で出来た狐がまだいるのか、急激に目が霞んで判らない。


「──…由羅様」


倒れる寸前、彼の腕の温もりを感じた。


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