貴方に愛を捧げましょう


出来る限り檻を大きく回り込んで、この部屋にあるただ一つの窓を開けに行った。

一階で眠っているはずの両親を起こさないよう、静かに。

そして……振り返る。


「今から、あなたを逃がしてあげる。檻を開けたら真っ直ぐこの窓から出てね。いい?」


あの瞳は見ない方がいい。

惹き付けられて、吸い込まれそうになるから。

窓を指差しながら、蜂蜜色の瞳から少しずれた所に視線を向けてそう告げた。

じっと動かずにこちらを見つめる狐が、あたしの言葉の意味が理解できるなんて、もちろん思ってない。

ただ、野生の本能があるなら、きっとすぐさま開いた窓から逃げてくれるはず。


ここは二階だけど、落下しないように屋根を伝って上手く逃げてね。

そう思いながら、檻の扉を探す。

鍵じゃなく、ストッパータイプの扉でありますように。


扉は月明かりが射し込んでくる窓側にあったおかげで、難なく見つけられた。

よし、ストッパーだ。

……だけど。


「何これ……」


ストッパーのすぐ上に、長方形の紙が貼ってあった。

随分昔のもののように色褪せた、和紙っぽいそれには。

あたしには読めない大昔の人が書くような、蛇が這った跡みたいにふにゃふにゃした字が、墨で書かれている。

まるで……御札(おふだ)みたい。


どうしてこんな場所に貼ってあるんだろう。

理由が分からない。

……きっと、ただのイタズラだ。

そう考え直して、事も無げにそれを引き剥がした。


──次の瞬間。

ザァッ、と部屋の中を突風が吹き上げる。

あたしは突風にあてられて尻餅をつき、反射的に頭を抱えた。

この突風は明らかに、窓から吹き込んでくる風じゃない。

それどころか、自然現象でもないかもしれない。

あたしがあの御札を剥がした途端、こうなったんだから。


すると突然、あれだけ凶暴に吹き荒れた突風が止み、元の静寂が訪れる。

あたしは本能的に逃げの姿勢をとって、迷わず顔を上げた。


「──!?」


目の前には、人が立っていた。

上から下まで純白の着物を纏った和装姿。

檻の中の狐と全く同じ、黄金色の髪、蜂蜜色の瞳。


──そこで気付いた。


檻の中にいたはずの狐が、いないことに。
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