私立聖ブルージョークス女学院2
December
 12月最初の日曜日、寮の食堂に夕食を摂りに来た環は少し驚いた。このお嬢様学校にしては珍しく、やけに質素なメニューだったからだ。主食はご飯でもパンでもなく、ところどころ焦げ目のある平べったい丸い、小麦粉で出来た物。おかずは野菜と豆のスープだけ。
 ちょうど奥のテーブルに綾瀬先生がいたので、向かいの席につく。思い切って訊いてみる事にした。
「あの、綾瀬先生。今日の夕食はえらく質素ですね。それにこれ、インドのナンですか?何かインドの聖者様の記念日とか」
「いえ、それはピタと言って、まあ中東で日常的に食べるパンみたいな物よ。ほら、新約聖書には、イエス様がパンをちぎって弟子や周りの人に分け与えたとかいう話があったでしょ。あのパンというのは、こんな感じの物だったはずよ」
「ええ!そうだったんですか?あたし、てっきり食パンやコッペパンみたいな物だと想像してました」
「まあ、インドのナンと似たような物ではあるわね。中東の国では今でもこのピタが日常の主食よ。イエス様が生涯を送られたのは今のパレスチナの辺りだからね」
「それは分かりましたけど。でもどうして、こう言っちゃいけないんでしょうけど、こんな粗末な食事を?」
「今日はアドベント第1主日だからよ」
「は?アドベント?それにダイイチシュジツ?」
「ほら、この前聖アンデレの日というのがあったでしょ?その日の前か後か、一番近い日曜日から始まる4週間の期間をアドベントと言うわけ。まあ、西方教会だけの習慣だけどね。今年は11月30日が金曜日だったから、一番近い日曜日は今日、12月2日。だから今日がアドベントの始まりなわけ」
「へえ。じゃあ、アドベントの始まりって毎年違うんですか?」
「11月27日から12月3日の間のどこかの日曜日だからね。それで、昔は教会の神父様やシスターはアドベントの間、断食をしたそうよ。今でも肉や魚を避けて野菜とパンだけ食べて過ごす聖職者もいるわ。そこでわが校でも、こういうメニューになるわけ」
「ええ!じゃあ、これから4週間も寮ではこんな食事が続くんですか?」
「あはは、まさか。アドベント第1主日の今日だけよ。育ち盛りの女の子をいっぱい預かっているんだから。一日だけは昔の聖職者の苦労を知ってもらおうという事。明日の朝からはいつものメニューに戻るわよ」
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