私立聖ブルージョークス女学院2
March
 3月初旬、環が待ちに待った採用試験の結果通知が届いた。合格だった。最初に片山にその事を話すと、まるで自分の事のように喜んでくれた。それから校長に報告に行った。校長はわざわざ机から立ち上がって、環の前まで来て言ってくれた。
「いや、本当におめでとう。あの市の英語教育は全国でもレベルの高い事で有名ですからね。実は、神津先生にはこのままわが校に就職していただこうかとも考えていたのですが……お気持ちは聞くまでもない、ですかな?」
「え!そうだったんですか……申し訳ありません。大変ありがたいとは存じますが、その……」
「ほほほ、いえ、お気になさらずに。神津先生の英語教師としての将来を考えれば、その方がよろしいでしょう。同じ教師です。またどこかでお会いする機会もあるでしょう」
「は、はい。ありがとうございます」
「ただね、神津先生」
「はい?」
「あなたの正式な教師としてのスタートはその市での赴任先という事になるのでしょうが、あなたが教師としての第一歩を踏み出したのは、わが聖ブルージョークス女学院だと、私は思っておりますよ。出来れば、この学校で過ごした一年間を、たまには思い出して下さいね」
「は、はい!それはもちろんです!一生忘れはしません!」

 卒業式も無事終わり、3年生を送り出し、在校生の期末試験もつつがなく終わり、いよいよ環が聖ブルージョークス女学院を去る日がやって来た。最後の勤務日は3月25日になった。
 校長以下、教師たちに別れのあいさつをしていると、シスターたちがわざわざ職員室まで来てくれた。一番年長のシスターが環の両手をギュッと握りしめて言った。
「この一年間、ほんとにお世話になりました」
「いえ、とんでもない!私こそキリスト教の事を何にも知らなくて、ご迷惑をおかけして、いろいろ教えていただいて」
「少しさびしくなりますが、神津先生の旅立ちの日が受胎告知日とは、これもイエス様のお計らいでしょうか」
「え?あははは……すみません、最後の最後まで何も知らなくて。ジュタイコクチビとは何ですか?」
「聖母マリア様が、大天使ガブリエル様から、イエス様をお腹にみごもっている事を知らされた日、という事になっております。新しい命が芽生えた日ですから、新しい教師が一人誕生するにはふさわしい日ですわ」
「あ、あはは、いえ、イエス様と一緒にされても、そんなご大層なもんじゃ……」
「では、新しい学校でもがんばって下さいね」
「はい!一年間、こちらこそお世話になりました!」
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