蛞蝓~namekuji~
 私のマンションにはいつの頃からか一匹の蛞蝓が居着くようになった。
 最初、それは、遠慮がちに食器棚の後ろや、冷蔵庫の陰に身を潜めていたので、それの存在を知らずにいたのだ。
 ところが、私が警戒しなくなると、それは少しずつ、ずうずうしくなり、やがて姿を現すようになった。

 人間ほどもある、巨大な蛞蝓……

 私は驚き呆れながらも、それがおとなしい生き物であることから、仕事に追われる毎日の私にとって、マンションに蛞蝓がいようが、どこかに行こうがそれはもうどうでもいいことだと無頓着だった。

 蛞蝓は、日々、私の帰りを待つようになった。

 しかし、仕事中心の生活を送ってきた私が、蛞蝓のために早く帰宅するなんて、考えられないことだった。

 そうこうするうちに、蛞蝓は、人間の言葉を喋り始めたのだ。
 小さな声で、ぶつぶつぐちぐち、ぶつぶつぐちぐちと、それは延々と続いた。

 最初の頃、物珍しかった私は、蛞蝓の話に耳を傾けてはいたのだが、やがて、うんざりするようになった。
 毎日毎日、ぶつぶつぐちぐち、ぶつぶつぐちぐち、呟くことは同じだったし、仕事で疲労困憊して帰る私は、マンションのドアを開けることが次第に億劫になり、帰宅する足が重くなった。

 いったい、あの蛞蝓は何処から来たというのだろう?
 マンションの鍵は、いつも締めて出かけるのだから、あんなに大きな蛞蝓が何処から来たのか……
 私は皆目見当もつかなかった。
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