ひと休み
 トントン。
 一応、部屋に入る前にノックをする。
 気をつけていれば、聞こえるが、そうでなければただの家のきしむ音で片付けられるくらいに小さく。
 その配慮は着替えのために先の戻った彼女に注意を促すためだ。
 充分な時間をとってはいるが、万が一ということがある。
 否の返事がないので、ドアを開けると、少女の姿が見えた。

 (……おいおい)

 着替えをして、それでも水に濡れた体は寒かったようだ。体にシーツや薄布団を巻きつけて待っているうちに眠くなってしまったらしい。
 起きていれば返すつもりだったのだろう。手にはラバスの持っていたショールを握ったまま、そこには、ベッドに背を預ける形で座りながら眠りこけているリナがいた。

 ラバスは仕方なく、手にした花瓶をそれが置いてあったであろう位置に戻し、リナを見やった。
 「さっきまで充分寝てたんじゃなかったのかよ」
 呟くように声をかけても、さっき花瓶の倒れる音を聞きとめたはずのリナの目は覚めない。
 
 「まぁ、確かに疲れてたってのは本当か」
 ダイが、店の者にリナの部屋に食事を運ばせてはいたが、食欲が満たされたからといって疲労は回復するものではない。
 ラバスは器用にリナを床から抱えあげると、ベッドの上にその身をそっと降ろす。

 ナイトテーブルの上に、ついでに浄化した水を水晶の水遣りに置き、思い出したようにポケットの中から何かをとりだした。
 寝つきのよくなる香草のサシェだ。

 「お守りがわりってとこかな」
 
 ゆっくりと閉じられた部屋の中に、心地よい香りの空気が広がる。
 一種の空間が作り上げられた中で、リナの寝息だけが、朝が来るまで続いていた。
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