柾彦さまの恋
 
 突然、柾彦は、我を忘れて力強く祐里を抱きしめる。

 祐里は、消毒液の匂いに包まれた。

 柾彦は、祐里の温もりと甘い香りに包まれて、しあわせを感じていた。

「柾彦さま、何かございましたの」

 祐里は、柾彦の今までにない行為に驚きながらも、

母のような優しさで柾彦を包んだ。

 柾彦からは、心身の疲労と激しい恋慕が感じられた。

「姫、しばらくの間、このままでいてもいいですか」

柾彦は、祐里の耳元で囁き、自分の行為を恥じながらも

(姫を離したくない。今だけでもぼくの姫なのだから)

と強く思う。


 窓の外では、桜の樹が秋風にさわさわと葉音をたててそよいでいた。


「はい」

 祐里は、柾彦の心労を感じ、柾彦の背中に手を回して

(いつも、優しく守ってくださる柾彦さま。いかがされたのでございますか)

とこころの中で呟いた。


 祐里は、柾彦が大好きだった。

 光祐への愛とは全く違う愛情を感じており、失いたくない存在だった。

 柾彦が自分を好いていることは以前から感じていた。
 
 勿論、光祐の妻として、それに応えることはできない。

 それでも、柾彦との楽しい時間を失いたくはなかった。

 祐里は、自分のその想いが柾彦を苦しめていることを改めて感じ

(柾彦さまの優しさに甘えてばかりの私がいけないのでございます)

と自身を責める。

 柾彦は(このまま時間よ、止まっておくれ)と強く念じていた。

 その時、扉が叩かれた。
< 10 / 64 >

この作品をシェア

pagetop