僕はショパンに恋をした
大学生活も2年目になると、駆り出されることにも馴れてくる。

町を歩けば、ちらちらと見られるほどには、名が知られている。

まったくもって不愉快だ。

回りの奴等も、敵対心をむき出して来る。

まあ友達が欲しいってガラじゃないから、一向にかまわないけど。

でもチリチリと痛み始めていた胸は、とうとう悲鳴をあげてしまった。

やってらんねぇ!!

限界にきた俺は、もうだめだった。

昔の、あの感覚が蘇ってきた。

何の為に弾いてたんだか、訳分からない、あの感覚。

戻りたくない。

あの頃の自分には戻りたくない。

『迷ったら立ち止まればいい。そんな時は、またお茶、いつでも飲みにおいで。』

もう何年もあっていない、あの夏の日の霧野さんの言葉を思い出した。

唐突に、あの紅茶が飲みたくなった。

まるで時間がそこだけ優しく流れているような、あの店に行きたくなった。

きっとまた俺を立て直してくれる、何か与えてくれる、そう思った。

思ったら、止まらなかった。

俺は出るはずのコンサートやイベントを、すべて断って飛行機に乗った。

日本はちょうど梅雨のはずだ。

俺は留学してから一度も戻ってない日本に、帰ることにした。
< 37 / 185 >

この作品をシェア

pagetop