僕はショパンに恋をした
俺はあっと言う間に、その紅茶を飲んでしまった。

ほっと一息つく。

奥のピアノに目を向けて、ちょっと苦々しく思う。

ピアノから逃げて来たのに、またピアノが目の前にある。

溜め息を一つ。

そして、鞄からいつも持ち歩いている五線譜ノートと写譜ペンを取り出す。

俺のストレス解消法はちょっと変わっている。

五線譜にひたすら音符を書いていく。

頭に入っている楽譜を、そのまま書き写すという作業だ。

ただ無心に音を追う。

その間はいろんな事を忘れられる。

レッスンが大嫌いだと言いながら、結局音楽に頼ってストレスを解消している。

自分でも阿呆臭いと思うけれど、それしかないからしょうがない。

今日はテンペストでも書いてみようとペンをとる。

写譜ペンは、音符が書きやすいように先が平たくなっている。

夢中になりすぎて、ペン先をぼきぼき折ってしまうことも少なくない。

少し注意しながら書き始めることにした。

ベートーベン。

嫌いじゃないけど好きでもない。

そもそも好きな音楽家などいない。

弾きやすいか弾きづらいか、その違いはあるけれど、弾けと言われればなんでも弾く。

負けず嫌いは自分でもわかっている。

「弾けない」というのは、自分の中では許せないことなんだ。

そんなことを考えながら書いているうちに、いつものごとく写譜に没頭して、時間を忘れかけていた。


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