奥さんに、片想い

「いただきまーす」
 娘の梨佳と三人の食卓も同じ。でも娘だけが日に日に成長し変わっていく。だから僕は自分が変化しなくても、日々が変わっていることを実感できているのかもしれない。
 そして変化はもう一つ。
「そうだ。高原さんが結婚退職することになったんだ」
「えー、あの愛ちゃんが結婚するの!」
 美佳子が在職中、彼女は新人で美佳子と同じ班、デスクが近かった。
「そうなんだー。あの頃は新人だった彼女達が適齢期になってきたのね」
「彼氏が東京に転勤になるみたいで、それを機に結婚を決めたんだって。来月、彼女も彼について東京に行くらしい」
「そうなの。大変ね……。そうだ。なにかお祝いしたいなあ。私、辛い時期あったでしょ。あの時彼女は新人だったからこっちの大人の事情なんて分からなかったんだけど、だからこそ明るく話し相手をしてくれて、すごく助かった記憶があるんだよね。私が辞める時も素直に泣いてくれて……。あれから徹平君を通じての挨拶ぐらいしか出来なかったけど、その気持ち渡したいな」
「いいよ、お祝いだって僕が渡してあげるよ。そうだ。僕も選ぶのをつきあうから夫妻からってことにしようか」
「本当? じゃあ、今度のお休みに一緒に探しに行こう」
 二人で頷きあうと、その間で黙々と食事をしている娘が両親の顔を交互に見ている。
「なあに、梨佳ちゃん」
「なんだよ、梨佳」
「パパとママは、どっちが『プロポーズ』したの。やっぱりパパだよね」
 四歳のくせに。『プロポーズ』なんて言葉、どこで覚えてきたんだと目を丸くしていると、妻の美佳子が大笑い。
「きゃー、どうしよう。録画していたドラマを観ている時、覚えちゃったんだね」
 女らしい美佳子に育てられた娘は、やはり『おませ』だった。
「一緒に観るドラマは子供が観ても大丈夫なものにしておけよ」
「わかっているわよ。エッチなシーンがあるドラマなんて……」
 と言って、美佳子がハッと口を閉ざす。娘の顔を確かめた後、何故か僕の顔を見て真っ赤になっていた。
「まあ、ドラマなんてそんなものなのよ」
「そうだな。そんなもんだろ」
 言い分ける妻がちょっとおかしくて、僕はつい頬を緩めてしまった。益々妻の顔が耳まで赤くなる。
 夫の目がないところで、ちょっと大人ドラマを一人で楽しむ専業主婦。そんな姿を垣間見せてしまって恥ずかしがっているから。
 結婚して五年。もう恥も外聞もなくありのままの姿を見せて生活をしているかと思ったが、まだ妻にそんなところがあると知って僕はなんだか……。
「えっちてなに」
 娘がさっそく、気になったことをかいつまんで聞いてきたので、僕と妻は揃って笑いあった。

 

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