奥さんに、片想い

「係長~、お願いします~」
 毎日のこと。やりきれぬ顧客の要求に疲労困憊敗退してきた女の子に呼ばれ、データー入力をしていた僕が立ち上がる。
 女の子の席、ヘッドホンを頭に着け交代。
「お電話代わりました。佐川と申します。本日のご用件についてですが……」
 淡々とこなしていく業務も立場も居る場所も延々と変わらず、僕は平凡な日々を生きている。可もなく不可もなく。そして前にも後ろにも行くことなく。それでもここに必死にしがみついて生きていくしかない毎日。
 それでも僕は満足していた。家族がいたから。これまでなんとなくやってこられたから。これから、なにか苦難があるかもしれない。娘の進学のことを考えれば、僕に娘の行く道を万全にサポートしてやることが出来るのか、力有る父親になれるのだろうかと不安になったりする。それでもこの日をこの場所で何も変えずに生きていくことだけを保持して――。
「てっちゃんてある意味、器用貧乏って言うのかな」
 田窪さんが休憩時間にカップコーヒー片手に呟いた。
「は?」
「コンサル室の器用貧乏。だってもううちのコンサルから佐川君がいなくなるなんてことになったら、この支局、発狂しちゃうんじゃないの?」
「まさか。課長もいるし」
「佐川君に任せっきりだし」
「主任も育っているし!」
 さらに五年経ち、やっぱり僕の周りだけが変化している。なんとあの田窪さんが、主任になっていた。今や僕を補佐してくれるパートナーと言っても良い。
「ヤダよ。佐川君が守ってくれるから主任が出来ていると言っても過言じゃないしね」
「そんなことないって。僕が休みたい時、田窪主任がいるから安心して休めるようになったじゃない。おかげさまで前は使えなかった有給休暇を使って家族旅行が出来た!」
「最大三日までね。三日経つと『佐川君、早く出勤してきて』て泣きたくなるもん。課長も落ちつきないしね」
 『そうなんだ』。自分が不在の時の様子を改めて知ったりする。

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