奥さんに、片想い

イニング1(後半)




 転属して三ヶ月が経とうとしている梅雨間近の夜。

 なんとか山場も乗り切れそうだと、佐川課長が口にした頃になると、夜の七時半にはだいたいのコンサル員が退出が出来るようになった。

 少しは落ち着いたコンサル室の残業時間、デスクのパソコンに向かっているのは課長補佐主任の千夏と課長席で黙々とデーターを解析している佐川課長だけになる。

 彼が腕時計を見たので、千夏もキーを叩いていた指先を止め一息ついた。

「キリがないから、明日にしよう」
「はい」

 毎晩、彼はそう言う。
 『キリがないから』『どうせ明日も同じ』『ここらでいいよ』と、終わらない苦情処理の後始末、その一日の区切りを何処かでつける。
 それで根を詰めている千夏も終わる気になれる。
 
 そこで彼が携帯電話を手にするのもいつものこと。

「美佳子、僕。うん、ごめんな。今日は河野君とバッティングセンターに行って憂さを晴らしてくるよ。食事も一緒にしてくるから。なにか買うものある? 陽平のもの」

 『陽平』とは、四十歳過ぎた佐川夫妻に生まれた男の子のこと。

 遅くに出来た息子だけに、佐川課長は可愛くて仕方がないよう。
 大きくなったら父子でなにをすると男親の夢も描いているようだった。





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