奥さんに、片想い



 そんな男女の駆け引きも知らなさそうな自分より若い彼。だからこそ、千夏はちょっと意地悪を言いたくなる。

「なんにも食べないで一日中待っていてと言ったら、ダメなんだ」
「いやいや、決して、そういうわけでは!」

 待っていてくれるの? そう言いかけ、やめた。

 彼の気持ちを知っていて見透かした問いかけは、他愛もない意地悪を通り越して卑しい気がしたから。そう思って飲み込んだのに……。

「もしここが無人駅で腹が空きまくっても待っていますよ。俺」

 千夏は唖然とする。
 聞こうとしてやめてしまった問いかけの答え。
 それを彼から真顔で言ってくれた。

 まるで千夏の心の中が見えているみたいでびっくりする。
 それに。本当に正直で真っ直ぐすぎる男の人って……一歩間違えればキザだと思ってもおかしくないこと平気で言う。のに、キザじゃないから困ってしまう。

 つまり憎めなくて、嫌な気が起こらなくなってしまうのだ。だから千夏も笑顔になってしまう。

「これからどうするの? どこか連れて行ってくれるの」
「勿論、勿論! そっちが目的ですよ!」

 さ、車に乗ってください! 嬉しそうな彼の誘いに、千夏は素っ気ない顔を保って車に向かう。

 そう、彼と楽しもうと思ってきたんじゃない。今日こそ、ハッキリ言わなくちゃ。佐川課長のことを誤魔化すのではなく、本気で好きだって言ってしまおう。


 眠れぬ夜、雨音の中、決めたこと。
 だから今日、ここに来た。

 

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