愛・地獄変 [父娘の哀情物語り]
 自慢話をするわけではございませんが、こんな無学で不細工なわたくしめですが、
「娘を嫁に貰ってくれないかね。」と、大木様より有難いお申し出を頂きましてございます。
はい、戦時中のことでございますよ。
入隊後に、内地に留まることが決まりましてすぐのことでございました。
有難いお話ではございますが、恐れ多いこととご辞退致しました。

「清子もねえ、納得してくれたんだけどね。
残念だね、それは。
ま、すぐにと言う話でもないから、じっくり考えておくれでないかね。」と、お言葉を頂きましたですが
「とんでもないことです、それは。
清子さんは、天女様でございます。
お忘れください、そのようなことは。」と、固辞させて頂きました。
残念がられておられましたですが、分かって頂けましたです、はい。

 えっ?本心でございますか?そ、それは・・。
まぁ、よろしいではないですか。
悪い気は致しませなんだですよ、それは。
致しませんが、実は・・。
右足がお悪くて、びっこをひいておいででございまして。
は?あ、そうですか。
お話しておりましたですか、そうでしたか。
いえいえ、日常生活に困るほどではございませんよ。
普通にお暮らしですから。
はい?そこのあなた、やはり女性は鋭いですな。
正直に申しますれば、小夜子お嬢様に淡い恋心のようなものを抱いておりましたです。

 とんでもない!結ばれようなどとは、とんでもない。
そのようなことは、露ほども考えたことはございません。
ほんとでござい・・、申し訳ございません。
チラリとは考えたこともございました。
お店を畳まれるおつもりならいざ知らず、必ずや婿養子をお迎えになると考えてございます。
そしてそれは、菓子職人であると確信しておりました。
となりますと、千分の一万分の一は、このわたくしかもなどと、考えたりしたのでございます。
いゃあ、そこのお方。
女明智小五郎でございますな。
参りました、参りました。
< 28 / 46 >

この作品をシェア

pagetop