愛・地獄変 [父娘の哀情物語り]
(終わりに)
 ここで、ご老人の言葉は終わりました。
息も絶え絶えで、はあはあと、荒い息遣いでした。
出席者の誰も、一言も声を発しません。
静寂がこの場を取り仕切っております。

「お父さん、又他所さまのお宅に上がり込んでしまって。
だめですよ、ほんとに。
どうも皆さま、お通夜の席をお騒がせ致しまして、申し訳ございませんでした。」
 畳に頭をこすり付けられて謝られる女性に、喪主の松夫さんが声をかけました。

「このお方の、ご家族の方ですか?」
「はい。娘の、妙子でございます。」
 このご返事に、皆一斉にどよめきました。
ご老人は、確かに娘の命日と仰ったのです。

「娘さんのご命日とお聞きしたのですが?」と、再度尋ねます。
「まあ、またそのようなことを。
先年、母を亡くしまして。
以来、塞ぎこむようになりまして。

最近になりまして少し元気を取り戻したのですが、
方々のご法事の場に赴いては、ご迷惑をおかけしています。
ほんとに申し訳ございません。
それでは失礼致します。
さ、お父さん、帰りますよ。」

 驚いたことに、背筋をピンと伸ばして話しておられた老人だった筈ですのに、よろよろと立ち上がられて、そのご婦人にしがみつかれます。
「おぉ、小夜子。
どこに居た、どこに居た?
わしを、わしを一人にしないでおくれな。」

 弱々しい老人の声が、耳に残ります。
法悦なご表情のご老人になられていました。
「はい、はい。お家に帰りましょうね。」
 そしてその言葉と共に、深々と頭を下げながら去って行かれました。
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