恋愛フラグ
「前髪だけでも切りに来てくださいって言ったのに」


カラーの素を背後で練りながら、ちょっと寂しそうにお兄さんは言う。


「無理ですよ。前髪だけ切りにってそんなセレブな美容院利用法」

「美容院利用法って…」

「前髪だけ切って頭洗ってもらってマッサージしてもらってお茶出してもらってハイお疲れ様でした、とか、全力で無理ですよ。私何様の世界ですよ。むしろお疲れ様なのは美容師さんですよ。そんな罰当たりな…無理です。不可能です。」

「…国城さんて、トーク独特ですよね。言われませんか」

「自覚はありません」

「言われるんだ」

「心外ながら」


お兄さんはどうやら必死に笑いをこらえている。

楽しんでいただけているなら、何よりだ。


「国城さん、俺、結構国城さんツボなんですよ」


ツボ。


女冥利につき…はしないな。


「よく言われます」


軽く返すと、お兄さんの手が止まった。


「よく言われるんですか」


そんな所を突っ込まれるとは考えてなかった。
たいしたことではないけれど。

「はい。言われます。コンパでもそういう方面でモテモテです。常にお笑い担当と呼ばれ、ときめきとは縁遠くなって早五年の月日が経ちました」


それを悲しいと深刻に悩んだことは、もう過去のことにしている。

笑ってくれると嬉しい。
楽しんでくれると嬉しい。

そんなことに全力で心血注いでる間に、気になる人は他の女の子を見つめ始めてる。

私とは正反対の、女の子を。

私は、きっと、恋愛フラグがマイナスなんだ。

どんなに好感度を上げても、恋愛にはたどり着けない。


だったら、もう、仕方ないじゃない。


そういう人間も、
いるさ。


そう考えないと、生きていてはいけない気になった。

今はもう、懐かしい過去の話だ。
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