受付レディは七変化。
災難な日こそ、コレに限る。

ネオンが輝く都会の繁華街。
外には盛りに盛ったお姉さんやお世辞にもイケメンとは言えないホストが 客を捕まえようと躍起になっている。

そんなきれいな世界とは言えない人ごみを通り抜け、足を止めたのは変な呼び込みもネオンなどもない、目立たないビル。外観は新しめでオシャレだから、まだ何のテナントも入ってないとおもっている人も多いだろう。

扉は開けずに、その横の階段から迷わず地下へと入る。
スポットライトがついてなければ間違いなく滑ってしまうだろうと言うほどの、艶のある白い階段。
その綺麗さがまた、私をワクワクさせる。

下りた先には2つのドア。
アンティークっぽい飾り扉の更衣室だ。
その脇にある受付でロッカーの鍵を受け取ると、赤いレディのマークが付いた扉をあける。

シックない内装とは打って変わって、
室内はカラフルな服に着替える女性でごった返している。
あの人の服かわいいな、アノキャラやりたかったんだよな。そんな人達を横目でみながらいつも使っている奥のロッカーへ、人混みをかき分けて進む。

ロッカーにドカッと荷物を置くと、まずはじめに羞恥心を捨てて服を脱ぐ。
恥ずかしいとか関係ない。
素早く着替え、最高の完成度で更衣室の外へと出ることに全力をかけているのだ。

取り出したのはカワイイ系でミニ丈のメイド服。
腰には大きめのリボン、大ぶりのスカートの下にはいたパニエがよりソレらしさを演出する。
足元は少し薄手の黒い網タイツ。網目は特に大きいわけじゃないけど、ソレは十分に色っぽい。けれど抵抗はない。
むしろ着るだけで元気が出る気がするのだ、私の場合。
・・・いや、女性の場合は誰だって、可愛い服着たらテンション上がるもんじゃない?
それがどういう服か、ってのは人によって違うモンで、
わたしは、こういう服が好きだってだけ。
着替えが済んで、ライトのついてある鏡の前に座ると、メガネのさえない自分がうつる。

そっとメガネをはずし、黒目の際立つコンタクトをつける。
そしてこの特徴のないまっさらな顔に色を付けていく。

パウダーで白い柔らかな肌をつくる。
アプリコット色のチークは、照れた頬を。
アイライナーとつけまつげで、人形のような瞳を。
ピンクベージュのアイシャドウで目元に華やかさをプラスする。
リップグロスで作るのは、触りたくなるような光のさすくちびる。
髪の毛はゆるく巻く。
ただのお飾りであるメイドのヘッドドレスをキュッとべば、今日のコンセプトは誰にも仕える気がない、カワイイだけのメイド。

フリルと腰に付けられたリボンをゆらし、普段は絶対履かないような12センチのストラップヒールが、カツカツと地下の空間によく響く。

更衣室の扉を開けると、そこは更に異世界。
真っ黒な部屋に間接照明や色とりどりなレーザーライト。
ガンガン鳴ってる音楽はクラブミュージックなんかじゃなくて、最近流行のゆるふわアニメのテーマソング。
ダンスフロアで踊ってるのも、カウンターで飲んでるのは、最近流行りのファッションをした若者じゃなくて、カラフルな頭、きらびやかな衣装、たくさんのアニメキャラ。もちろん私服の人もいるけど、皆この空気を楽しんでいて笑顔だ。
自分の好きな服、着たい服が着れる。
なりたいものになれる。

そんな水曜日の夜が、私は大好きだ。

「まーやちゃん、今日は・・・メイドさん?珍しいね」
いつも写真を撮ってくるカメラマンさんだ。
今日もジーパン(あえてデニムとは言わないでおく)にインされた白シャツがまぶしい。
手でダンスフロアの奥のフォトスペースへと促される。
写真用にそこだけは白っぽいパネルがあり、明るめの照明が焚かれている。

「アニメキャラじゃないから萌えない?」
そう言いながら、視線を構えられたカメラへと向ける。
「いやいやいや、まーやちゃんに似合わないものなんてないよグフォフォ」
なんて言いながらシャッターを切りだす。
溢れる光に反応したのか沢山の人がよってきて、写真良いですか?と他からも声がかかる。
その声に、もちろん大丈夫ですよ、と笑顔で笑った。

楽しい。
ここにはあの地味で目立たない私を知る人はいない。
全く別の人生を歩んでいるみたいだ。
アイドルみたいに可愛くて、新しい、別の人生を。

「あれ?柏木さん?」

ん!?
かしわぎさん!?

突然の本名にばっとカメラから視線を外すと、そこには約8時間ぶりで本日3回目の充永留路が笑顔でこっちに手を振っていた。
「なっ、な、なんで・・・!」
普段の自分を知ってる人に見られるなんて恥ずかしい。
特に仕事上の関係者なんて絶対バレたくなかったのに!
焦る私の気持ちなんてお構いなしで、スーツではなく細身のデニムにジャケットを羽織ったその人は ぐいぐいとこちらに近づいてくる。

「いや、こっち系の友達に誘われたんだけどさ、ってか柏木さん全然普段と違うじゃん!」

いや、そりゃ、私はね、今全く別の人生を歩んでいたところんですからね!
急に夢見心地だったのを邪魔されて、思わず文句が口から出そうになるが、ココで怒っては朝の二の舞い。
悪目立ちするに決まってる。
・・・ただでさえ、ここで見るには珍しいような垢抜けた格好をしていて、女性の目線が痛い。

「・・・充永さん、ちょっとこちらへ」

ぐいっと腕を引いて撮影スペースから抜け出し、フロアの隅へ引っ張る。
まーやちゃん写真はー?という後方からの声に愛想笑いを浮かべてはいるが、ひきつっているのはもちろんこのひとがいるせい。

バーカウンターの近く、暗がりで人が少なめの壁際で引っ張っていた手を離す。改めて見据えれば、彼はニヤニヤした顔でこっちを見ていた。
・・・なんで笑ってんだこの人、と一瞬たじろぐ。が、私の平穏のためには伝えなければならないことがある。
「あの・・・ここでは私とかかわらないでもらえませんか」
「なんで?」
「プライベートで仕事の話をしても面白くないでしょ。・・・お友達はどこですか?」
勝手に慣れない友人がこんなところで離れたなら、きっと相手も探しているはずだと踏んで、
きょろきょろを辺りを見回すが、連れを探している風なひとはどこにもいない。
するといきなり、視界がガクンと揺れる。
後ろから腕をいきなり引っ張られたのだ。
強引に腕をフロアの壁に押し付けられる。

「ちょ、何するんですか!」

睨みつけようと思った矢先、その端正な顔があまりに近くて、心臓が跳ねた。
好奇心がいっぱいの意地悪そうな瞳が、らんらんとこちらを見つめる。

壁際に追い詰められた私に、息がかかるほど顔が密着する。
朝のホームでの出来事と近さが違うのは、きっと私の眼鏡が無いせいだ。

絡め取られてた指先はキュッとなってしまいそうなほどきつく握られて、なのに、壁に押し当てられる部分はかばうようにソフトだ。なのに、跳ね返せない。

「仕事の話、しなければいいじゃん?」

かすれた低い声。
いつもの明るい雰囲気とは違い、甘い妖しげな香りが紛れ込んでる。
暗い中の間接照明が、彼の形の良い鼻や唇に影を作って、その色っぽさに戸惑う。

「そ、そいうわけには」
仕事以外って、じゃあ何の話が出来るっていうのよ。
そう思いながら、慌てて彼から目を離す。
目を合わせていたら、囚われそうだと思った。

「俺、気に入っちゃったわ、まーやちゃん」

するりと、おでことおでこがぶつかる。
ぶつかる、というよりも、少し擦り寄られたような感覚。
押し付けらていた腕はいつの間にか解かれ、
優しく、そして逃げられないように両手が腰に回されていた。






朝とほとんど状況は一緒、なのに。
今度ばかりは、ダッシュで逃げられそうにない。
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