受付レディは七変化。
なぜ先ほどの私は、カメラを持ってれば目立たないなど、浅はかなことを考えたのだろう

いや、素人浮きはしていない。していない、が・・・。

私は更衣室から出た直後、その状態に面食らって立ち止まる。

数メートル先で私を待つその人。人が結構多いはずなのにすぐにわかるのは、放たれているあのイケメンオーラのせいだ。
白い柱に背中をついて、スマホをいじりながら待っている姿はさながら男性ファッション誌の表紙そのまま。
その最高に絵になる立ち姿に、通りすがる女性のほとんどが、チラチラと彼を横目でみている。

あ、誰かが声をかけた。

「きょ、今日の服は、何のキャラですか・・・?」

「え?」
その人に続けとばかりに、今度は二人目が声をかけてくる。

「あ、あの、お写真とっても良いですか・・?」
するとイケメンは、困惑したように二人に笑みを返す。

「いや、俺・・コスプレしてないんで」
そりゃそうだ。

グレーのダッフルコートに暗めのチェックのマフラー、フォレストグリーンのニットにデニムなんていうカジュアルな格好が、一体何のキャラの私服に見えたんだろう。

「きゃーーえ、私服!?」「うそ、カッコイー!」

とかなんとか、女子に周囲を囲まれながら黄色い声を浴びている。

私は更衣室からでたそのまま、一連の流れをみていた。

・・・いくら連れとはいえ、あの状況に声をかけられるほど野暮ではない。

コスプレイヤーの知り合いを探すか、とスマホを取り出そうとした瞬間、

バチッと渦中のその人と目があった。

「あ、ごめんね 連れが来たから」

そう言って、爽やかな笑顔を残して 女子たちを置いていくその人。
・・・女子たちの視線が痛いな。
そして先ほどの爽やかな笑みとは反面、その男も少し疲れた顔をしている。

「・・・別に、急いでこなくても良かったのに」

ふぅ、とため息を付いて、手に握っていたスマホをバッグへとなおす。

すると目の前のその人も、けだるそうなため息をひとつ、こぼした。

「何いってんの。あんな中でニコニコしてたら、気ぃ張って疲れるでしょ」

「・・私にはいいのかい」

「え?ニコニコお姫様扱いして欲しいの?」

「・・・いや、いい」

「そー言うとおもった」

と言って笑った顔は、ニコニコと言うよりはニヤニヤ。
ってか、この人私に対しては最初からこんな感じで、絶対、さっきみたいな対応してもらったこと無いような気が・・。

「それに、」

充永はわざとらしくちょっと離れて私をまじまじと見る。

「今の格好にお姫様扱いって方がおかしいでしょ?」

「・・まぁね」

言われて私も納得する。

本日の私のコスプレは女子人気が高い 警察アニメのコスプレだ。着てるのは主役の男性のコスプレで、髪の毛は焦げ茶のショート、非現実な水色のカラコンを入れて、女子には程遠い太さの眉毛をこさえている。
服は、デザインがアニメチックな警官服。もちろんメンズだ。

「そういう格好もするんだ」

「・・まぁ、基本的には、なりたいと思ったキャラなら、全部」

「へぇ 似合うもんだね、なんでも」

サラッと言われる褒め言葉と、私が持っている荷物をサッと持つそのスマートさ。大人のお世辞ってわかってるくせに少し照れてしまうのは、コイツがイケメンなせいだ。

「・・・ありがとうございます」

照れた顔を隠しながら、アッチに行きましょう、と撮影スペースへと足を進めようとする。

すると、後ろからくい、と腕を引かれた。
当然、進めようとした足はガクッとつかえて止まる。
「!?」

また、手をつなぐだのなんだのそういう冗談を言うつもりじゃないだろうな、と
イラッとしながら振り返る。
腕はシッカリと彼の手のひらに掴まれ、彼はその腕をまじまじと見ていた。

「あ、ここ、ほつれてる」

「え?うそっ!あーさっき更衣室でかな。やだなーもー」

彼の手が離れた腕を見れば、そこには明らかに何かにひっかけて出来た糸のほつれ。

「更衣室でほつれるの?」

「ここ、ホールの舞台裏みたいなところが女子更衣室なんで、演劇セットのベニヤとかがそのまま置かれてたりするんですよね」

「なんでそんなところで」

「女性多いからですかね・・。舞台裏だから、鏡もなくてなかなか・・・この会場はツライんですよね」

大きいイベント会場ではそんなことは起きないが、ここは小さな会議場。

・・・というか、もっと事前に言ってくれれば大きいイベントにつれていけたのに。

私のそんな思いは気にせず、充永留路は楽しんでいるようで、

セットの背景布を変えたり、照明の位置をずらして遊んでいる。

ある程度すると納得が言ったのか、私にそこへ立つようにと促してきた。

なんだか、こだわりがあるように見えるが、

「お写真撮るの趣味だったりします?」

「いや、全然」

初めてに決まってるじゃん、と私へシャッターを切り出した。

カメラも趣味じゃない、コスプレもしないって・・・

「充永さんは、何も着なくてよかったんですか?」

シャッター音を浴びながら、色んな角度を試し、見よう見まねで撮っている充永に尋ねた。
その姿は初めての割には、結構様になっている。…撮れている写真は確認してないので、イケメン補正かもしれないが。

「や、俺なにも服持ってないし」

「・・もうちょっと期間くれれば、準備したのに」

お金は貰うけど、と付け足すと、意外そうな顔をした。

「そんなことまでしてくれるの?」

「え?」

「嫌われてるかと思ってたから」

充永はまたニヤッとした顔をする。

「あ、いや、べつに・・・折角こういうところに来たなら、楽しまなきゃ損じゃないですか」

もちろん、ただ撮影するだけでも見るだけでも、十分に楽しいけど。

自分が 変わる。

いつもの自分とは違う感覚っていうのは、味わってみなきゃこの快感はわからない。

「がっつり変わってみるのも、面白いですよ!」

おすすめです!とニカッとわらうと、その人はカメラ越しに意外そうな顔をして、そしてやはり、ニヤッと口角を上げた。

「・・ほんと、普段の自分とはぜんぜん違うよね、ちょっと明るくなってるし、卑屈なとこがないっていうか」

その言葉に、心が少しチクッとする。

この痛みは違和感とか、悲しいとか、そんなものじゃなくて 心当たりがあるからこその痛みだ。

「そりゃ・・・実際はあんな感じなんで。コスプレメイクすれば違いますけど」

普段の自分が、すごく地味でダサイことなんてわかっている。

濃いメイクをしなければ隠せないことも。

"自分はダサイから"私服で可愛い服を着ない。
"可愛くないから"という理由で受付という仕事を放置しがちだったり、何もかもを諦めてしまうような、嫌な性格だということも。

自覚しているが治せない。

こんな風に、いわゆる”別の自分“をもっているから、尚更そうなんだろう。

そんな気持ちはつゆ知らず、目の前の男性はシャッターを切りながらあっけらかんと言った。

「実際も良いと思うけど」

「あーはいはい。モテ男の意見は聞きません」

腕を組んで、プイッと横を向く。

足を肩幅に開けば、男性主人公っぽいポーズの完成だ。

「なにそれ、俺の言うことって信用ならない?」

充永はふふっと笑いながら屈んで、下からシャッターを切る。

「誰にでも言ってそうだから」

「そう?・・ほんと、絶対、ソッチのほうが地でしょ、性格」

「え?」

「受付ではツーンって何にも興味無さそうな感じしてるけど、ホントは何にでも噛み付いて来る感じでさ」

「・・・」

私はそんなに噛み付いているだろうか。

てか、あなたがいっつも絡んでくるからでしょう!?と言い返そうとしたところ、

彼はまだ言葉を続ける。

「見てて、チョー面白い。普段隠してるところとか、なおさら」
そう言って今度は閉じていたフラッシュを炊く。その瞳は好奇心でいっぱいという感じで、フラッシュと照明を吸い込んでキラキラしている。面白がってる瞳だ。

「・・・もしかして、だからいつも変なこと言って怒らそうとしてます?」

「あ、そう言われたら、そうかも」

「くっそ・・・」

「こらこら、お得意様にクソはないでしょ」

あ、しまった。そう言われてはた、とする。

そもそも先ほどからため口になっていたのを無理やり敬語になおしてたのに・・と口を噤む。

そうすると、向こうも何故か しまった、という顔をしてカメラから目を離した。

「ごめん、冗談だから、そんな顔しないで」

「いや、今回は流石に私が悪かったかと・・」

「あ、だから。そんな風に気を使わないで。気を使われると楽しくないじゃん」

「・・・」

「一回遊んだんだし、も~仕事だけの関係じゃないでしょ」

じゃあ、この関係をこの人は友達だというのだろうか。

旦、自分たちが使っている背景のところで写真を撮りたい人が並んでいたので、場所を移動する。

「あ、もしかしてもっと親密な関係のほうが良かった?」

「!? ちがいますよっ!!」

慌てて叫んで、彼を待たせていた柱の付近に仮で荷物を置く。

「だよね。そういうと思った」

わかってんなら言うなよ!!!!というツッコミをそのままするのも癪で、とっさに嫌味っぽい言葉を探す。

「あっそーですか。すいませんね、色気がなくて」

「そこがいいんじゃん。この間のメイド服のときなんて見かけ色気ムンムンだったけど、色目からっきしゼロでさ!」

「色目・・?」

色気と色目って何が違うんだ。・・・相手を引っ掛けようとしてるかどうかってこと・・・?

「女なんて、すぐ色目使ってくるモンだと思ってたから、超ウケる」

そう言ってわらうそのイケメンに一瞬引いた。

「あんたって・・・」

あんた とまで言っちゃう!?とその人は笑う。

でも、急にふっと疲れた顔になる。口元には、笑みを浮かべたまま。

「俺に、じゃないよ。俺の肩書とか名前に、ね。」

その瞳は、どこか遠くを見ていた。

この時、口からは

イケメンなんだからさっき囲まれてたんじゃん、とか

十分名前なんか無くてもモテんじゃん、とか

色々出てきそうになった。でも、この2つはどれも的はずれな気がした。

彼が欲しがっているのは こんな言葉ではないような気がしていた。

お金もあるだろう。見かけでも女でも苦労したことなんて無いだろう。

はたから見れば人生イージーモードだろうが、きっとそういう人にはそういう人の、苦労があるんだろう。

いつものニヤニヤした瞳は、濁りが入って戻らない。

私は床においたバッグを再び手に取った。

「・・・おし、なんか美味しいもの食べに行こう」

「は?もういいの?」

「私服のやつ連れてても楽しくないし。アンタも楽しくないでしょ?時間もいい感じだし、なんか食べようよ」

本当は結構気合い入れてコスプレしたんだ、こんなに早く帰るつもりは無かった。

しかもこの男を連れて、これ以上場所を移動するつもりもなかった。

が、このときはとにかく、空気を変えたかった。なんとなくあの濁った瞳を見てられなかった。

私はバッグから更衣室のロッカー鍵を探す。

すると後方から、とんでもない言葉が聞こえた。

「・・何食べる?肉?フレンチ?」

「はぁ!?フレンチ!?」

耳を疑ってバッと振り向く。

「なにそれ!ファミレスかカフェでじゅーぶん!!」

そもそも肉かフレンチて!今は日曜日の昼間ですよ!?

「えぇ?」

意外そうな顔で、その男は笑う。

「あ、言っとくけど奢らないからね!割り勘だから!!」

じゃ、待っててね!と言うと荷物を持って会議室へと走る。
ちらりと後ろを振り返れば、その男は耐えきれないようにお腹を抱えてクククと笑っていた。

その瞳には多分、濁りは無かった。
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